アンとミカの天下無双

平手武蔵

レッツ・ポジティブ!

 月夜の中、異なる方向から高級マンションに侵入してきた二人が、リビングルームで鉢合った。

 男性のアンは褐色の装束に身を包み、小柄ながらも敏捷な動きで窓から室内に滑り込んだ。一方、女性のミカも同じ褐色の装束に身を包んでいて、細身の体を活かし、驚くべき柔軟性で換気口から降り立ったところだった。

 二人は互いの存在に気づくと、一瞬で警戒態勢に入った。


「誰だ」


 アンは低い声で尋ねた。ミカは驚き、後退するが、壁に背中がついて逃げ場を失った。――月明かりが窓から差し込み、二人の姿が浮かび上がった。


「なんだ、お仲間か。こんな場所で出会うとはね」

「本当、そうね。驚いたわ」


 アンがゆっくりと座り込むと、ミカは息を吐いて微笑んだ。


「このマンションの住人、今日は友人宅での女子会のはずよ。深夜まで帰らないはずだわ」

「奇遇だな。僕も同じ情報を掴んでいた。……縄張りの重複だな」


 ミカの情報通ぶりに、アンは舌を巻いた。二人は警戒しながらも会話を続けた。アンは別の土地から来たばかりで、この地域は初めてだという。

 ミカもまた、別の土地から移動してきたばかりだった。どちらも定住することなく、地域を渡り歩くような生活を送っていた。


「どうする?」ミカは状況を打開しようとアンに尋ねた。「二人で手を組むか、それとも今日はお互い引き上げる?」


「せっかくの出会いだ」アンは柔らかな視線をミカに向けた。「僕は君に惹かれている。今夜は一緒に過ごさないか?」


 アンは視線の先を、部屋の中央に置かれた豪華な白い布団に移した。月明かりに照らされ、その白さが際立っている。ミカは何か惹きつけられるような思いを抱き、アンの提案に頷いた。


 二人は注意深く布団へと近づいた。周囲の安全を確かめると、彼らは軽やかに布団に飛び乗った。


「こんなに柔らかいなんて……それに温かい」


 ミカは驚きの声を上げた。大きな布団は微かに動いていた。不思議な安らぎを感じる場所に、二人は自然と魅了された。


「僕たちの出会いを祝して、ここでダンスをしないか」

 

 アンは突然提案した。断る理由などなかった。ミカは頷き、二人は向かい合った。


 彼らは互いに会釈すると、不思議なダンスを始めた。それは通常のステップではなく、高く、力強い跳躍を中心としたものだった。

 アンの跳躍力は驚異的で、彼の小さな体からは想像できないほどだった。ミカも負けじと、優雅な放物線を描きながら宙に舞った。


「こんなに高く跳べるなんて、すごいわ、アン! まるで重力がないみたい!」

「そうだろう、ミカ。少し運命が違えば、東京タワーすら跳び越えられただろう」


 彼らのダンスはますます高度になり、布団全体が彼らの動きに反応するように微かに揺れ始めた。二人は息を合わせ、リズムに乗って躍動した。

 彼らは互いに惹かれあい、ダンスの中で徐々に距離を縮めていった。アンの目には情熱が灯り、ミカもそれに応えるように微笑んだ。アンが口を開く。


「このまま天下無双しよう」


 意味がわからなかったが、ミカはその言葉を本能的に理解した。二人は互いに近づき、最も美しい跳躍を共に成し遂げた。空中で二人の体が近づき――完璧な調和の中で一つになった。


 その瞬間、布団が激しく揺れ動いた。玄関のドアが開く音がして、続いて軽やかな足音が近づいてきた。


「ミンキー、ただいま。女子会、つまらなくて早く帰ってきちゃった」


 若い女性の声だった。大きな手が、布団——いや、ペルシャ猫のミンキーの背中を撫でた。


「あれ? 体がかゆいの?」女性はミンキーの様子を心配そうに見た。「あとで、ブラッシングしてあげるからね」


 ミンキーはおだやかに鳴いて応え、女性はリビングルームを離れた。


 アンとミカは互いに離れながらも、ミンキーの豊かな毛の中に身を隠していた。危機一髪で発見を免れた彼らは、ミンキーの毛の奥深くで再会した。


「予定より早く帰ってくるとはね」

「でも素敵な時間だったわ」


 アンがささやくと、ミカは微笑み、そっと体を寄せた。


 そして数日後、ミカの体内では新しい命が芽生え始めていた。アンとミカの子供たち――目に見えないほど小さいが、確かに存在する次世代のノミたちだった。


「私たちの天下無双……忘れられそうにないわ」

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アンとミカの天下無双 平手武蔵 @takezoh

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