第34話
日曜日とはいえ、都会に行く電車は人でいっぱいだ。
そんなわけで、私と勝村の距離は近い。背の低い勝村は、つり革につかまれず、ふんばっている。
「私につかまったら?」
「体幹鍛えてる。」
「そう。」
倒れそうになったら受け止めようと心構えをしていたが、全く倒れそうになることなく、目的地に着いた。
あの、私の腕の中でえろかわいかった人とは別人みたいで、あんまり面白くなかった。
勝村はリードするように、私の右少し前を歩いている。
「どこか行きたいところはありますか?」
「んー、特にないかな。」
「では、4階に行きましょうか。」
イオソは4階が最上階。映画館とイベント用の場所がある。まあ、勝村のことだから、上から下に降りてみてまわる方が良いとかそんな考えだろう。
なぜ敬語なのかは分からない。多分意思決定する側に慣れてないから、なんとなく下手に出るという心理なのだろう。
4階に着いた。視界に広がるイベント会場。
「文化ストレイクズじゃん!」
歴史を学びやすくするために作られたアニメ、文化ストレイクズ。桃山文化や化政文化など、時代を代表する文化をイメージして作られたキャラが、国家防衛隊や海外マフィアなど、様々な組織に属して戦っていく物語だ。なぜかキャラの男性比率が高く、そのファンは腐女子が多い。製作陣も諦めて、最近は元々の目的を見失っているアニメだ。
「あれ、てっきり知っているものかと。」
「知らなかった! え、勝村も好きなの?」
「全然みたこともない。」
「ないんかい。」
全然興味もないのに連れてきてくれたんだ。萌える。
「あっちから入るらしい、行こうか。」
「あっ、ごめん、写真撮らせてほしい。そこにたってるあれ、私の推しキャラなんだよね。」
豪勢な暮らしを辞めてすぐ粗末な山小屋で暮らしたがるキャラ。登場回数は少ないが、インパクト抜群、ビジュアル善き。入り口にたってるなんてありがたい。
自分なしで撮ったあと、勝村にスマホを手渡して、撮って貰う。
「あれ、この肌色のやつじゃまだな。」
「それ勝村の指だよ。」
「おー、ほんとだ。」
指はやっぱちょっと写り込んでたけど、良い写真だった。
「これって実物大なの?」
「知らなぁい。でも、私より20cm高いってことは、実物大なんじゃない?」
適当にしゃべりながら展示の中に入る。
「ほぁ~ 原画があるぅ~」
「すごいな。」
私が楽しむのを、勝村はときどき微笑みながら見ていた。同じ漫画が好きな子と行くと、その子の好きなものを見るのに合わせてしまうが、興味がない人と見ると、自分の好きなものも見れるし語れるしで、楽しい。嫌な顔されてないから大丈夫。気づけば展示の最後の方を歩いていた。
「あっ、なんかコスプレコーナーがあるよ! 行こ!」
勝村に着せたいコスプレがある。
そのキャラは鎌倉文化をイメージして作られたキャラ、素朴で真面目で強い。栄えたものは必ず衰えるという考えをもち、とても謙虚。寡黙でクールなのかと思いきや、表情や行動に出やすく分かりやすい。
金剛力士像を近代イケメン化するイメージで描かれたらしいビジュアルは、どこか勝村に似ている。というか金剛力士像要素は目元と歯と首にかけられた白い布くらい。
「勝村あれ着てよ。」
「やだよ。」
「なんで?」
「なんとなく。」
「じゃあ私もなにか勝村が着てほしいもの着るからさ、着てよ。」
「じゃあの意味が分からないし、選ぶのもなかなか大変だぞ、事前知識ないし。」
「いいからいいから。」
列に並ぶ。結構長い列だ。
「勝村に着てほしいのはあれなんだけど…」
「おー、結構シンプルでいいね。アニメアニメしてない。」
「でしょ~、私あれ勝村にぴったりだと思うの。」
「でさぁ、勝村っ、私にどれ着てほしいっ?」
なにをどういうイメージで選ぶのか楽しみだ。
「うーん。あれかな。」
勝村が指差したのは、国風文化をイメージしたキャラ。数少ない女性キャラ。
「なんで?」
「清少納言って国風文化だよな~って。」
説明が足りてない。
「なんとなく、清少納言は素直で誰にたいしても上手くやる、明るいイメージ。どんなことでも楽しめそうな気がする。」
「へぇ~」
「清少納言は、その明るさで人々に好かれた。寝殿造の外にはあまり出られず、文章から外の世界を想像して、豊かな感性を手に入れた~みたいな文章が国語で出た気がする。」
「へぇ~そんなの覚えてるんだね。」
「うん。興味深いから。」
そう話していると、いよいよ私たちの番がきたようだ。
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