第20話 善意

talked by:平倉


朝あんなに、体調悪そうだったくせに。

頬杖をつきながら勝村を眺める。


すんごいいつもどおりだ。


なんだか、朝のことは夢だったように、あんなに体が熱かったのも夢だったように、勝村はいつもの無機質な感じだ。


すこしもやっとする。

私はもっと頼ってほしかった。甘えてほしかった。たぶんそうなんだ。


教室に響き渡る先生の声が、私の頭の中に入ってこない。

うっすら聞こえる声をBGMに、ぼんやり考える。


私には、人に頼られるようななにか特別なスキルがあるわけではない。リーダーも、きっと向いてない。


きっと、人に親切にして、優しくして、差し出して、そうすることで何か意味のある人になりたいと思うんだ。


昔からずっとそうだ。


なんて汚いんだろう。


勝手に施したつもりになって見返りを求めてる。

あぁ…しんどい。気持ちが。




それを吹き飛ばそうとするように、突然、頭に衝撃が加わる。さっきまで聞こえなかったがらがら声が、はっきり聞こえる。


「ボーッとしてんじゃねぇよ、授業中なんだからぁ、 なんだぁ? 体調でもわりぃのかぁ?」


担任の草壁だ。

いきなりチョップとは、時代の流れに逆行している。そういうところがいい。


「すみません! 考え事してて…」


「勝村も! お前も今日いつもと違うぞ! お前が手を上げないとだっれも上げてくんないんだからぁ!」


「…いつも通りです。」


鋭いな草壁、さすが担任。


気づけばもう4時間目の数学だった。


うわぁ、授業の内容覚えてないな。

最初から聞いてなかったけど。


チョップに懲りずにボケーっとしてたら、給食の時間になった。


給食当番は、A、B、2チームに分け、その中で運搬担当と配膳担当に分ける。勝村はAチームのごはん運搬担当だ。

まぁ、あの様子なら全然問題ないだろう。


実際、その通り、本来2人で運ぶほど重い米を、普通に1人で3階までもって上がってきて、そしてまた走ってどこかへいった。あいつ風邪なんかひいてないんじゃないか?




「おかず運搬すんの誰ぇ~!」


と担任が大声で言う。


担当表を見ると、担当の人は、今日休みだった。

 彼の友達は多い。休みと知っている人は多かったはずだ。誰かやるだろうと放置すること。良く起こることだ。


誰も行かないので、給食委員会の人が廊下へ小走りでいった。

しかし、すぐに戻ってきた。何も持ってない。

どうしたんだろう。


そのすぐあとに勝村がおかずをもって現れた。

さっき、走っていったのはおかずをとるためだったのか。


「‥お前が担当だったのかよ。」


とどこかからぼそっと小さい声が聞こえた。私もぼそっと返す。


「ううん、米担当だよ。」


と言う。聞こえてても聞こえなくても、言えたら満足だ。

 ‥本当に? 自己満足じゃん。ダメなんじゃん。という声がした。心が沈んでいく。

静かに、


「‥そうなんだ。」


と聞こえた。私の声は聞こえたようだった。すこし救われた気がした。


列に並んで給食をとって、席に座る。

勝村はすでに席に座っていた。

すこし遠いが、座ったまま話しかける。


「偉いよね。人の分までやって。」


勝村は、真顔で、


「…この程度で息が切れて情けない。もっと早く届けられたら問題にならなかったのに。」


やるのは当然なんだな。

いや、これは謙遜か? 勝村なりの。

何て返せば良いのか分からない。



いつも、勝村はそうするのが普通のように、クラスのために動く。

周りはそれに気づかない。

私も気づいてなかった。でも、こういうときに動いていたのは勝村だった。


人のために動くような人に見えない。

何にも興味がなく、なんにもしない人に見える。


だけど、本当は見せないだけで人のために動いてるんだよなーと感心する。

そして、信頼もされている。羨ましい。かっこいい。

…自分の気持ちが分からなくって、ぼそっと、


「風邪引いてるくせに。」


とすこしいじわる風に言った。


「…だいぶ良くなったから。」


いじわる風に言っても勝村はいつも通りで、肩透かしを食らった気分になる。

もう一発仕掛ける。


「‥私のおかげかな!」


「…うん。」


冗談だったのにうなずかれて嬉しくなる。役に立ってたんだ。私も。


勝村が前を向いたので、私は自分の手元に目を落とす。

けんちん汁に、うっすら、笑顔をがまんするような顔が見えた気がした。

にやつかない。にやつかない。

自分を諭した。


給食委員が前で、いつも通り、やる気なさそうに挨拶をする。


「手を合わせましょう。」


勢い良くパンっと音を立てて手を合わせる。


思ったより大きな音がなり、すこし周りがこちらを向く。恥ずかしい。

思わず下を見ると汁に写った顔はさっきよりも良い顔だった。

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