ごろごろするためにダンス大会にでる話
川木
ダンスの後はお布団で
私は学生時代と言うモラトリアムを全力で堪能していた。小人族の中では長身で浮いていたのもあり、幼少期は友達ができずに勉強ばかりしていた。そのおかげで高等部までしかない小さな故郷の学校を首席で卒業し、親の支援の下、都会の大学に進学することができた。
都会は小人族以外にもたくさんの種族がいて、人族も獣人族もみんな私より大きくて、私ってめちゃくちゃ小さいじゃんと言うことを実感した。
ここでは小人族も珍しくて、私は小さい小さい可愛いと言われ、デカ女と言われた幼少期のトラウマは吹っ飛んだ。男親より大きな身長は、いくら親が可愛い娘と言ってくれてもコンプレックスになるよねそれは。
そんなわけで友達もできて悠々自適に暮らしている。特に今は夏休みに入り、毎日ゴロゴロたっぷり眠っている。昔はたくさん寝るから背が伸びてしまうんだ、と思って睡眠時間を短めで頑張っていたこともあったのだけど、本当は昔から寝るのが好きだったのだ。
「……ふわぁ……うーん、しんど……」
とはいえ、眠るのにも限度がある。眠りすぎて頭がだるかったり、なんだか逆にしんどくなったりすることもあるのだと、初めて私は知った。
でももっと寝ていたい。お布団にくるまってうとうとする気持ちよさをもっとずっと味わっていたい。
そうは思うけど、仕方ないので起きだす。
朝ごはんを食べようとして、冷蔵庫にめぼしい食材がなかったので私は着替えて部屋を出た。大学の寮とは言っても、以前マンションだったものを借り上げているので、格安で部屋を借りているようなもので、食堂などの共有施設はない。
それが気楽なようで、たまにそう言う便利なのがあってもいいのにと思わなくもない。普通に一人暮らしとして毎日家のことをするのはそれなりに面倒な時もある。
寮は格安とはいえ、さすがにあんまり贅沢するほどのお金はない。外食は避けたいので私は適当なパン屋さんで大きなバゲットを買った。
「ん……?」
バゲットのいい匂いにかじりつきたいのを我慢しながら寮に帰る途中、ふと病院敷地前の掲示板が目に入る。この辺りで一番大きな病院で、駐輪場の前の入り口横に大きな掲示板があるのだ。地域民への告知も兼ねていたりして、結構色々なお知らせや広告が張られている。
その中に真新しいものがあった。ダンス大会のお知らせだ。珍しいものではない。
ここは都会で、しっかり守られているから魔物の襲来に備える必要もなくみんなのびのび暮らしている。だから娯楽の発展具合なんて故郷と比べ物にならないくらいすごい。娯楽にまつわる大会や催しは小さなものから大きなものまでたくさんある。
だけどそこにあったのは少し変わっていた。
『天下無双ダンス大会開催決定! 我こそはと自信のある、将来天下無双になりえるダンサー求む!』と言う暑苦しい文句から始まる、この病院の跡取りが主催するダンス大会の告知だった。
天下無双とかいう言い回しも素人が主催する大会では逆によくある。ガチの大会の方がそういうのちゃんとしてるからね。
つまりそう規模の大きな大会ではない。だと言うのに、優勝者への商品がすごかった。
「全自動治癒布団……!?」
人は寝ているだけでも体にダメージを負う。眠るのにも体力がいるし、寝たきりになれば床ずれもする。そう言った問題を解決するために開発された魔法寝具。それが全自動治癒布団だ。
なんと寝ているだけで肉体の状態を見ながら適切に微弱な治癒がかけられ続け、おまけに排泄などで汚れてしまっても自動で洗浄がかかる。その他にも様々な仕様により、寝た切り患者も不満がなくなり、介助も非常に楽になったと介護業界からも大評判の全自動治癒布団。
支援対象となり病院など必要な全国の施設に支給され、ついに国中の全ての必要施設にいきわたったとこの間ニュースでやっているのを見た。
その、全自動治癒布団が? 寝るだけで医者知らずと言うことで、お金持ちは個人所有している人もいるらしいとは聞くけど、まさかそれを?
私は病院に駆け込んで詳しいことを聞くことにした。
それによると跡取りは医者業も安定した為、趣味のダンスの大会を開いてダンサーのプロデュースをもくろんでいるらしい。
その第一歩としてプロやなんらかの賞をとっているなどの経歴のない条件でのダンス大会を行おうとしているとのこと。ちなみにあくまで初回で今後も続ける予定なので、条件によってプロデュースを断ったからと失格になったりはしないので、お気軽にご参加くださいとのこと。
そして全自動治癒布団はなんと、その跡取りのお古だそうだ。新しいのを買うからとのこと。
お古か、と一瞬思ったけどちゃんと修繕をしてクリーニングして中綿やシーツも交換済、そもそも病院に泊まることも多いのであまり使っていないものだったらしく、中古で売りに出しても新品の八割はするだろう良品とのこと。
私は決めた。天下無双ダンス大会に出て全自動治癒布団を手に入れて毎日好きなだけ眠るのだ!
「エファリアー。いるー?」
「んー? はいっていいよー」
というわけで私は寮の隣の部屋を訪ねた。大学に入ってできた私の一番のお友達。唯一お泊りをしたことすらある相手なので、私はその声に従って気負わずにドアを開けた。
「どうしたの? ミッチェル」
「うん、ちょっとお願いがあるんだけど、それよりドアに鍵かけなよ」
「同じ大学の寮生しかいないのに、昼間からいちいち鍵いらないでしょ」
「うーん」
わからないでもない。就寝時と外出時にさえ鍵をかければ、田舎では家の鍵すらかけない人もいた。でも親族がさんざん勝手にドアを開けてくる生活だったのもあり、個人的には部屋に鍵がかかってないと落ち着かない。
でもまあ、鬼人族で私の倍くらいの身長で、鍛えてもないのに腹筋われてて強いみたいだし、何を言っても無駄だろう。
「それよりお願いって?」
エファリアは床に寝転がってテレビを見つつスマホをいじりながら、私にちらっと眼をやって促してきた。
私はそのお腹の前に座って気持ちを切り替える。
「エファリア、私と一緒に、ダンス大会に出てくれない?」
「……はい? え? なに? ダンス?」
「そう! エファリア、子供の時に習ってたって言ってたよね!?」
「いやそうだけど、巧い人との差がすごくて挫折して小学校卒業と同時に辞めたって言ったよね?」
「それでいい、いやむしろちょうどいいよ!」
「なぐりてー笑顔。はぁ、なに?」
かくかくしかじか、私はエファリアに事情を説明した。途中からお腹がなってしまったのでバゲットを一緒に食べながら。
「はー、全自動治癒布団ねぇ。まあ、興味はあるけど……」
「でしょ? もちろんたまにはエファリアに貸すからー。お願い!」
「たまにはかよ……んー、まあ、どうせ夏休み暇だし、いいよ」
「ほんと!?」
私の勧誘が魅力的だったのか、エファリアは途中から起き上がって胡坐をかいてそこに頬杖をついて最後まできいてくれた。そして視線を一度上にさまよわせてからそうにっと笑って頷いてくれた。
「ただし、大会までの一か月は私の方針に従ってガチでやるなら、だよ? 私は参加賞の為に恥をさらす気はないからね。やるなら目指せ優勝!」
「もちろん! 私ダンスしたことないからビシバシよろしくね!」
「……まあ、うん。運動神経は悪くなかったしね」
そしてびしっと私のおでこを指でつついてそう宣言してくれたので、私も腕をあげて応えたのだけど、何故かその指先は力なくおりて目をそらされてしまった。
大丈夫大丈夫。だってまだ参加者も三名で全部ソロって言ってたから。二人組な時点で私たちが一番舞台映えするから。
ちなみに、参加賞は鎮痛シップ。貼っている間は最長12時間痛みがなくなるけど結構匂いがするから私は苦手なんだよね。そして準優勝は歯磨き粉一年分。優勝しか眼中にないよ!
大会まで一か月。ひと夏の青春をダンスに捧げても、手に入るリターンを考えればおつりがくる! 頑張るぞー!
〇
「あ、ごめん、エファリア。大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。ほら、続けるよ」
ダンスの途中でよろけたミッチェルが私にぶつかり、慌てたようにそう聞いてくる。私はそれに軽く答えて続けさせる。
エファリアは本人の趣味が引きこもりがちなのを除けば、体を動かすこと自体は嫌いではないし、運動神経は悪くない。体が小さい分、きぎきび動けばものすごく早く動いているように見える。派手さはないけれど、私と合わせるとバランスよく舞台映えするのではないだろうか。なんて風にも思う。
本当は、ダンスをするのは好きじゃない。昔好きだったからこそ、逃げ出した自分が嫌になるから。
私は鬼族としては平均的だけど、町全体で見ればかなり大きい。主要都市のひとつであるこの街はかなりの人口だけど、鬼族は南部地方の中でも最南端近くに多く住んでいて、それ以外には少ない。この街で鬼人族はほぼ私の親族くらいだろう。
体が大きくて筋肉質で死亡がつきにくいので、寒さに弱いのが大きいけれど、単純に体格差が大きい中で過ごすのはそれなりに気を遣う。ぶつかっても大丈夫な相手だけがいるほうが楽なのだろう。
私はこの街で生まれ育ったので、周りを傷つけない程度の気遣いはほとんど無意識にできるので苦ではない。だけど、周りはそれをわからない。ただ大きいと言うだけで、偏見の目で見られることはそれなりにある。
幼少期はまだ力の制限になれなくて、そのうっぷんをダンスにぶつけた。たまたま近所で新しくダンススタジオができたのをきっかけに習いだしたのだけど、リズムに合わせて全力で体を動かすことは私にあっていたようでそれなりに巧くできていた。
だけど初等部最後の年、年に一度の発表会で通算三度目の主役に選ばれた時、主役になりたくて頑張っていた子が泣いた。まるで私が悪いかのように責められて、種族差で大きいだけで目立つからずるいとか言われて、私はダンスをやめてしまった。
中等部からは友人の勧めで剣術部に入り、身長や階級で分けられるのである程度種族差もなくなり、団体戦で重宝されて最終的には高校で部長を務めたことで推薦をもらえて大学に入ることもできた。
順風満帆な人生だ。でもだからこそ、過去、反論もせずに逃げた幼少期が嫌な思い出として消えなかった。
だけどどうだろうか。こうしてミッチェルと踊っていると、本当にダンスが好きだった、楽しかった記憶ばかりがよみがえる。そうだ、あの泣いてしまった人気者だったあの子は、泣いてごめんと後日謝ってきていた。もうすでに辞めていて、今更と思ったしすっかり忘れていた。
全然、嫌な思い出ばかりじゃない。体を動かす楽しさは、音楽に気持ちをのせる楽しさは、ダンスが教えてくれたんだ。
「っ、はー。疲れたー。エファリア、どうどう? 今回最後まで踊れたし、結構よかったんじゃないかな?」
「まあ待ってよ。撮影したのを確認するのが一番わかりやすいでしょ」
「そっか。あ、私飲み物とってくるよ。冷えたのを飲んで休憩しよ」
「あ、ちょ……」
寮の裏にある中庭はちょっとした広場になっていて、バーベキューをすることもできるけど、スポーツをするほど広くはないし、何より夏休みで暑いので昼間は基本空いている。なのでそこで練習をしているのだけど、ミッチェルは疲れたと言った口で走って表へ向かってしまった。冷蔵庫の中のをとりに部屋に戻ったのだろう。
私たちの部屋は三階だ。微妙な高さでエレベーターはない。その微妙な不便さのおかげであまり住人がつかなくて、大学に売られて寮になった経緯があるので仕方ないけれど、運動の後だと億劫だろう。ましてミッチェルは小さい。跳ねるように階段を上がり降りしているのに。
「……馬鹿だなぁ」
ミッチェルは、本当に変わっている。あんなに小さいのに、まるで私と対等か、むしろ大きいくらいにふるまってくる。
あんな軽くぶつかって、私にとっては綿毛があたったくらいだったのに、大げさに大丈夫かなんて聞いてくる。疲れたのに、自分が大変な方を担当してくれる。
そんな風に心配されたり、気遣われるなんて、同じ鬼人族の親族からだけだった。
そんなミッチェルの態度は興味深く、どこかくすぐったいような嬉しさもあって、種族の差を超えた友人になった。そんなミッチェルだからこそ、ダンス大会をOKした。ダンスに抵抗はあったけれど、お遊びみたいな大会だし、ミッチェルともっと仲良くなれたらと思ったからだ。
だけど、こんなにもダンスを楽しめるようになるとは思わなかった。昔のわだかまりが消えて、心が軽くなった。 ミッチェルのおかげだ。
「お待たせー、エファリアどっちがいい?」
「ん? やっぱりオレンジかなぁ」
「やっぱり? じゃ、私がソーダね」
にかっと笑うミッチェルはどこか頼もしさすらあるのに、とても可愛らしい。
初めて見た時から、小さくて可愛らしかった。だからこそ最初は危なくないよう距離をとろうとすらした。なのに、いつのまにかこんなにも仲良くなっている。
「ほー、こうやって見ると、微妙なとこ結構わかるね」
「でしょ? 自分の姿勢を確認するのが大事だからね。それにほら、この辺とかよくできてたよ」
中庭の木陰にあるベンチに並んで座り、さっき撮影した映像をチェックしながら飲み物を飲む。
「うーん、それはそうなんだけど、こうやって見ると、本当にエファリアはダンスが上手だよね。すごくかっこいい」
「そ、そう?」
「うん。ブランクがあるなんて信じられないよー。すっごくかっこいい!」
にっこりと、満面の笑顔。私相手に、画面をのぞき込む為に汗ばむ肌が触れ合うほどのすぐ隣で、腕を振るえば飛んでいくような小さな体で、警戒一つせずにそんな風に笑えるのは、ミッチェルくらいだ。
どきんと、心臓が一呼吸する。ミッチェルともっと仲良くなれたらと思った。だけど別に、そんな、下心のつもりじゃあなかったんだけどな。
〇
エファリアと参加したダンス大会は、大成功だった。大会開始までの一か月みっちり特訓したのもあるけど、やっぱりエファリアのダンスがすごかったのも大きいだろう。
それに参加者は少なかったし、プロ禁止だからか部活でやってる人すらなくて、授業で習ったくらい経験者しかいなかったのも大きい。
病院の中庭でレクリエーション代わりに行われた大会は大盛り上がりで、私達は目標通り優勝することができた。
だけどその後が予想外だった。
「第一回天下一ダンス大会の優勝者は~! ミッチェル、エファリアペア! おめでとうございます!」
「よしっ! やったね! ミッチェル!」
「うん! やっ、たー!?」
優勝が決まった瞬間、大喜びで私に抱き着き、その勢いで抱っこしたエファリアの、間近でみるその可愛い笑顔に、何故か私は妙にどきっとしてしまった。
ここまでの努力が実り、緊張もあって体も心もくたくただけど妙に気持ちが張って高揚しているからだろうか。
この夏休み朝から晩までずっと一緒に過ごし、ダンスがうまくてしっかりしたエファリアに頼りになって格好いいなぁと、前よりもっと仲良くなっていたのは感じていた。
一緒にお風呂に入って背中を流してあげたら意外にもすごく照れるところとか、寝顔はどこかあどけなさもあって可愛いところもあるとは知っていた。
だけど、なんだか今日は、変だな。
そう思っているうちに、なんと優勝して一緒に家で祝杯をあげている中、エファリアが私に告白してきたのだ。
私は全然、そんな発想はなかったのだけど。あの、優勝した時より可愛いもじもじしたエファリアに断れるはずもなく、訳の分からないままに恋人になってしまった。
「ミッチェル……嬉しいよ。恋人になってくれてありがとう。これからもよろしくね」
「う、うん……うん! 幸せにするよ!」
訳が分からないけど、まあ、エファリアに見つめられてなんだか幸せな気持ちになったからいっか! ちょっとずつ恋人らしくなっていけばいいよね!
なんてのんきな気持ちで宣言する私は、この後優勝賞品が運び込まれた時には、エファリアと一緒にその全自動治癒布団の効果を味わうことになるとは、まだ知る由もないのだった。
ごろごろするためにダンス大会にでる話 川木 @kspan
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