昇る煙で届ける

@aqualord

第1話

「この和ダンス、鍵がかかってる。」タケシがそう声をかけたのは、布団を片付けた際に出てきた「天下無双」というタイトルの古いゲームが買取可能なものかどうか調べていたソウタだった。


「鍵?」

古いゲームよりよほど興味を惹かれたのだろう。

ソウタはゲームを放り出すとタケシに近づいた。


「ああ。この丸い鍵穴の。」と引き出しの中央部に付けられた金具をタケシは指差した。


「この和ダンス、売り物になりそう?」


ソウタがそう尋ねたのは、鍵を壊しても良いか、という意味だ。


「うーんどうだろう。見たところ丁寧な造りでカビも出てないし、ツヤも残ってるから、買う人はいるだろうけど。」


この家の住人だった老女の写真を思い出しながらタケシは答えた。


この家の住民は、最後はその老女一人で、その老女も亡くなる前の最後の数年間は施設とこの家の往復だったという。

ただ、最後には、病気か何かで慌ただしくこの家を去ったことが、残された家具、敷きっぱなしだった布団、あるいはテーブルに残されていた食器の様子から見てとれた。


タケシが老女の相続人から遺品の片付けを頼まれた際に、家の鍵は預かったもののタンスの鍵らしきものはなかったし、一切合切の家具を持っていってかまわないとも言われたので、相続人もこのタンスに鍵がかかっていることには気が付いていなかったのだろう。


「だったら、この引き出しにヘソクリやなんかが残ってるかもしれない。」


タケシは良心的に仕事をする事を心がけていたので、整理を頼まれた遺品から現金が出てきたときには、きちんとその様子を撮影して、依頼者に報告している。

ただし、「出てきたとき」には、だ。


わざわざ売り物になりそうな品物を壊してまで中のものを取り出すほどの良心があるかと言えばそこまでではない。

もっとも、鍵がかかっていて開けられない引き出しがあるタンスが売り物になるかといえば、売れるにしてもかなり安くしないと駄目だろう。


タケシは鍵の探索も兼ねて、鍵のかかっていない引き出しをあさってみた。

樟脳の香りが強く漂ってくる、一番下の段からは、大事にされてきたらしい紋付きの留袖が出てきた。

子供用の晴れ着も丁寧に畳まれて一緒にしまわれている。サイズからすると、七五三の時にでも誂えたものかもしれない。

ただ、晴れ着はかなり古いもののように思われた。


「この晴れ着は端切れにしたら売れるかな?」


タケシはそう呟きながら鍵が無いか探ったが、見つからなかった。


一つ上の段を引き出してみる。

そこには一転して洋服が綺麗に整頓して収められていた。

大人用のもので、傷んではいないようだが、レトロ風とは微妙で決定的に違う、昭和か平成かという当時の時代を感じさせる色使いのものだ。

いつかまた着る日を想って、だろう、この段からも樟脳の香りを感じる。

しかし売りものになるかと言えば、文字通りのタンスの肥やしにしかならないだろう。


「この段も外れか。」


鍵が見つからなかったことについてなのか、売り物にならないものしか見つからなかったことなのか。

タケシはそう口にしてさらに上の段を引き出した。


その段には今度は子供服が収められていた。

見たところ、幼児くらいから小学生くらいのサイズだろうか。

デザインや色使いからすれば女児用だろう。

さっきの晴れ着の主の普段着といったところか。

やはり強い樟脳の香りがする。

こちらも大事に扱われてきたことが感じられるものの、高価なものには見えず、虫食いなどは無いにしても、古着としての価値も無さそうだ。


タケシは無言で次の段に進んだ。

次の段は小箱のようなものがいくつか納められていた。ただ、下の段に較べて空隙が目立つ。残された衣類も乱雑で、下の段と較べると、同じ人物のタンスの中とは考えにくい。

残されたものには下着も混じっていたから、あるいは、老女の入院の際に家族か誰かが当面必要な衣類を持ち出した跡ということなのかもしれない。


タケシは残されていた小箱の一つ、もとは、商品券入れだったものらしい、平たくて桐で作られたものを手に取った。

慎重に蓋を開ける。


中に入っていたのは、何枚もの写真だった。

白黒のも、色あせたカラーのも、まだまだ鮮やかに色が残っているものも、全て一緒に入れられている。


白黒の写真には、昔風の頑丈なフレームの眼鏡を掛けた羽織袴の男性と、おちょぼ口で白無垢に身を包んだ女性の写真や、お宮参りのときのものだろう、幸せそうに赤ちゃんを抱いた着物姿の女性が写っているものがあった。そうしたハレの日のおすまししたシーンだけでは無く、夫婦2人でダンスに興じているものもある。


色あせたカラーの写真の一番上は、「入学式」と墨書された看板の前で元気良さそうに微笑む、まだ体に合っていないランドセルを背負った女の子と、その子と手をつないて笑顔の、おしゃれをしたらしい洋服姿の母親の姿だった。

続く古いカラー写真には、どこかに出かけた際ものらしい母親と父親とその女の子が写った写真が何枚か、そして、まだ建てられてから間が無いように見える、この家で撮られたスナップ写真も混じっていた。


タケシは、途中を飛ばして、一番新しい、まだ鮮やかに色が残っている写真を見た。

そこには、この家の主だった老女と小学生くらいの男が写っていた。

場所はこの家らしい。今とそう変わらないくらいの年季の入った佇まいとなったこの家で、老女と少年が仲良くテレビゲームに興じている。

いかにも少年が「勝った。」という表情を浮かべているのに対して、負けたであろう老女も笑顔を浮かべている。

映り込んだゲーム機の横には、さっき、ソウタが布団の中で見つけた「天下無双」のゲームのパッケージがあった。


タケシは、丁寧に写真をまとめると、そっと元の木箱に戻して、タンスの引き出しに置いた。

他の木箱の中も確認する。

中には、それほど高価では無いアクセサリーが残っているものもあったが、売り物として良いものは無いようだ。


そして、この段にも鍵は無かった。鍵がかかっていた段は今閉じた段の一つ上だ。

おそらく、老女は、この和ダンスの鍵をどこかに大切にしまっていたのだろう。


最後の段を閉めてから何も言わずに和ダンスを見つめるタケシに、ソウタがいぶかしげに声を掛けてきた。


「どうですか、鍵、ありました?」


はっと我に返って、タケシは答えた。


「いや、ない。やっぱりこのタンスは、このまま焼却場に持ち込んで焼いて貰おう。」


そう告げると、タケシは、ソウタが手にしていたゲームのパッケージを取り上げ、引き出しを開けて、写真の入った木箱の横にそっと置いた。




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