社畜スレイヤー・オブ・ザ・デッド

雪車町地蔵@12月10日新刊発売!

ゾンビ、永眠させるべし……!

「くそっ」


 毒づいてから、慌てて口元を塞ぐ。

 やっと見つけたコンビニストアに入ってみれば、とっくに食料などなかったからだ。

 だれかが荒らし回った後なのだろう。

 それでも諦めきれず、できるだけ物音を立てないように物色していると、エナジードリンクを見つけた。

 ああ、あまりに懐かしくも忌々しい。

 すべての元凶になった、あのエナジードリンクだ。


 バイオセーフティーレベル5国立感染症研究所の表門が破壊されたのは、半年前のことだ。

 ニュースではたったひとりの老婆の手によるババアインパクトだと呼ばれていたが、本当のところは解らない。

 解っているのは、研究所からあふれ出した病原体が世界各国へと飛散し、この街が死都しとと化したこと。

 そして、病原体を活性化させ、人々を〝ゾンビ〟に変えてしまった遠因が、このエナジードリンクにあると言うことだけだった。


 もともと疲労が限界だった人々は、免疫力が低下する。

 そこに病原体が感染。

 調子が悪いと判断した社畜さんたちは、ノルマを達成する元気を欲してエナドリへと手を出した。

 だが、それが間違いだった。

 エナドリと病原体は驚くべき親和性を発揮。

 感染者の体内で爆発的に増殖し、心身を乗っ取った。

 最終的に残ったのは、寝食を忘れて自らの仕事に邁進し、それを邪魔するものはすべて排除しようとする〝社畜ゾンビ〟だった。


 もう、この国の八割が社畜ゾンビになってしまったという。

 生き残った人々は生存するため、必死にライフラインを求めたけれど、駄目だった。

 ひとり、またひとりと脱落していき。

 飢えや渇きに負けて、エナドリを口にして、自らゾンビになってしまったのだから。

 国の中枢もひどいものらしい。

 民衆は政治家を叩きまくったが、結果彼らは寝る間も惜しんで働くこととなり、いまでは立派なゾンビだ。

 生き延びた私のような希有な例も、街を徘徊する営業ゾンビに怯えながら生きるしかない。

 いや、営業ゾンビならばまだいい。

 もしも布教ゾンビに捕まれば、ずっと説法せっぽうを喰らうことになるのだ。

 あちらの身体が朽ちるまでか。

 私の命が尽きるまで。


 とにかく、いまは生きることがすべてだ。

 エナドリをその辺へ放り投げつつ、他に食糧が確保できれば、なんて考え。

 先人の取りこぼしがある可能性にかけて、コンビニのバックヤードへ踏み込んだときだ。


 そこに、社畜ゾンビが、いた。


 爛々らんらんと両目を緑色に輝かせながら。

 全身から何日も風呂に入っていないようなおぞましい臭気を振りまき。

 垢まみれの腕で在庫整理をしている、ゾンビが。


 悲鳴を飲み込む。

 まだあちらは気が付いていない。

 逃げられる。

 慎重に、一歩後ろにさがろうとして。

 なにかを踏みつけ、足が滑った。


 エナドリの缶!?


 なんて間が悪い。そして自分の無作法を呪う。

 横転し、ガシャンと大きな音を立ててしまったとき。

 社畜ゾンビは、こちらを認識していた。


『しゃっせー! えあろすみーす!』


 なにを言っているか理解できない。

 奇声を上げながらこちらへゆったりと迫ってくるゾンビ。

 噛まれれば、私もあれと同じにある。

 あんな悍ましいものと一緒になってしまう。

 だというのに、足腰が立たない。

 ガチガチと恐怖に歯が鳴る。


 いやだ、いやだ。

 私は、社畜になんて。


「なりたく、ないよぉ……」

「ダイレクトエントリー!!!!!!」


 轟いたのは、雄叫びだった。

 コンビニの壁を破壊しながら、店内へと転がり込んできたのは、全身黒スーツの巨漢。

 黒い、黒い。

 髪も、瞳も。

 影や、吐く息すらも黒い。


 その巨漢を認識した瞬間、社畜ゾンビは襲いかかる。


『いっしょにえでんはいかがっすかー!』

「冥土に行くのはおぬしだけだ」


 ゾンビとは名ばかりの凄まじい速度で肉薄。

 ひっかき、噛みつき、殴り、蹴り。

 人間の膂力りょりょくを超えた圧倒的ポテンシャルで攻撃するゾンビ。

 だが、巨漢はそれを上回る。

 ひっかく爪の内側に腕を差し込み弾き、噛みつく顎へ掌底をたたき込み黙らせ、振り回される腕や足を、まるでエスコートするように指を添えて振り回す。

 その動きは、まるでダンス。

 死の舞踏ダンス・マカブル


『レジしゃーす!』


 自らの不利を悟ったか、バックステップを決め、距離を取るゾンビ。

 だが、それはあらゆる選択肢の中で、最も下策だった。

 なぜならば、巨漢に一動作の猶予をゆるしたからだ。

 黒い男が、背後から純白を取り出す。

 それは、真っ白で、ふかふかな羽布団。


『あ、あ、あ』


 社畜ゾンビが硬直する。

 その緑色の眼球に、あるはずもない渇望が渦巻いて。


『シフト、かわってもろて』

「社畜、永眠すべし……!」


 次の瞬間、勝負は決した。

 突っ込んできたゾンビを、巨漢は羽布団で優しく抱き止めたのだ。

 ゾンビが、目を閉じる。

 とっくに腐り落ちていたまぶたを、それでも閉じて。


『スヤァ……』


 幸せそうに、安眠、いや――永眠する。

 ボロボロと崩れ、ちりになって消えていくゾンビ。

 合掌する巨漢。


 その神話的光景を見詰めながら、私は思い出していた。

 ババアインパクトが起きるしばらく前に、とある会社が売り出した商品があった。

 天下に同じものひとつとしてなしとまでいわれた、高級な羽毛を使って作成された、どんな人間でも、包まれれば一瞬で眠りに落ちるとうたわれた超高級羽布団。


 なぜ、黒い男が布団を持っているのかは不明だ。

 社畜ゾンビがどうして消滅したのかも解らない。

 ただ、ひとつ解っているのは、私がいま救われたこと。

 そして。


「あなたは、いったい?」


 訊ねれば、黒い巨漢は布団を畳み、背負いながら告げた。


「社畜スレイヤー」


 かくして、この末法の世で、私は彼と出会う。

 これは社畜ゾンビによって破滅する世界で、彼らを安らかな眠りにいざなうひとりの男の物語。

 社畜スレイヤーの、物語である……!

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