カスハラ一番、電車は二番

そうざ

Customer Harassment is on the 1, Train is on the 2

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

「痛い痛い痛い痛いっ!」

 老人は海軍飛行予科練習生(以下、予科練よかれん)時代に鍛えた持ち前の肺活量で吹き曝しの一番ホームの端から端まで怒声を轟かせた。行き交う人々は、面倒な事に巻き込まれたら堪らない、と知らぬ振りを決め込んでいる。

「如何なさいましたかっ?」

 駅員が足早にやって来る。

 老人の傍らには、紺のブレザーに白いチューリップハットの審査員が直立不動で佇んでいる。

 老人の主張は、階段を下りている途中で足がもつれ、ホームまで転げ落ちた、というものである。

「危うく線路の方まで吹っ飛ん布団でしまうところじゃったっ」

 有り触れてはいるが、妥当でもある。審査員は無表情のまま、手にした旗をびしっと垂直に掲げる。


 ――1本!――


「目撃者なら沢山居るぞっ。おいっ、そこの若いのっ」

 老人の杖に差し示された学生が、びくっと身を震わせる。

「貴様、一部始終を見ていたな?」

「あぁ、あぁはい、確かに転んでいらっしゃいました」

「そっちのご婦人も見ていたな?」

「えぇ、思わず危ないって言っちゃいました」

「それから向こうに居る、釣り竿を持って暇そうにしている男。暇な釣りひなまつり人も目撃した筈じゃ」

 暇そうかどうかは老人の主観に負うところが大きいが、審査員はゆっくり腕を上げる。


 ――1本!――


「ほれっ、ひとりも誤認トリの降臨しとる者は居らんぞっ」


 ――更に1本!――


「お怪我はございませんか?」

 駅員は腫れ物に触るように老人を扱う。

 幸い老人は咄嗟に受け身を取り、大事には至らなかった。伊達に予科練で鍛えられていない。一日の長。昔取った杵柄。亀の甲より年の劫。因みに、予科練入隊直後に終戦を迎えた為、特攻作戦への動員を免れ、その後は色々あって現在に至る。

「うむ。掌に擦り傷を負ったが、こんなもんはメンタムをそっ天下無双と塗っとけば直ぐ治る。儂に柔道の心得がなかったら顔をぶつけて顎割れあこがれとるぞ」

 審査員は眉根に皺を寄せ、軽く首を傾げる。今一いまいち解かり辛い。が、連続技には敬意を表する。


 ――1本! 続けて1本!――


「軽症で何よりでした」

「ところで、あの階段の勾配は?」

「え……?」

蹴上けあげの寸法は? づらの寸法は?」

「えぇ……建築基準法に沿った造りだと思いますが」

「貴様はまだ若いから分からんだろうが、老人にとって段差ダンスぁは大敵なんじゃ」

 老人の会心の一撃と言わんばかりのドヤ顔に、審査員は思わず吹き出す。


 ――1本!――


「他にも不満はあるぞっ」

 運賃が高い、運行本数が少ない、沿線に安い飲み屋がない、相変わらず景気が悪い、この国の政治はなっとらん、全く息子夫婦と来たら――。

 クレーム処理能力の限界を超えた駅員は、口からゲル状の塊を立ち昇らせ、自我を崩壊させている。

「こないな事を言うんは、別にあんたが憎いからちゃうよ。世の為、人の為や。そうでなかったらこんなアドバイス、ようせえ妖精へんで」

 突然、似非えせ関西人に豹変する不自然さは否めないものの、旗が揚がる。


 ――1本!――


 飛んで行った魂を捜し始める駅員。

 て遣ったりで満悦の老人。

 老人にそっと耳打ちをする審査員。

 ――布団、ひなまつり、トリの降臨、天下無双、あこがれ、ダンス、妖精……計7本、獲得です――

「完璧じゃ!」

 ――1つ落としましたが――

「何?」

 ――第4回のお題『あの夢を見たのは、これで9回目だった。』です――

「それはちゃんとクリアしたぞ。お題のルールを見ると『投稿する小説の冒頭の一文を上記にした上で、作品を執筆してください』とあるだけで、内容に関連付けろとは名言されておらんからな」

 ――そうではなく、駄洒落にしないと。これはスピンオフ企画『カスハラ中にお題を使って幾つ駄洒落を言えるか選手権』なんですから――

「文章を丸ごと駄洒落にしろじゃと?」

 途端に右往左往する老人。こんな事ならば特攻しておけば良かったと滝の汗。

「おぅ、おぅ、お題で駄洒落なんて馬鹿な事を言い出したのは……何処の誰じゃだじゃれっ!」

『間もなく二番ホームに各駅停車、カクヨム行きが参ります。白線の内側まで――』

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