心は疾うに射抜かれて

壱ノ瀬和実

心は疾うに射抜かれて

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 俺には推しのアイドルがいる。

 女性にしては高長身、髪はウルフ。普段の声は低いが、テンションが高いときや人に甘えるときは可愛い声を出す。その振る舞いから女性ファンが多く、ライブ会場では黄色い悲鳴がこだまするのが定番。十代とは思えない大人びた表情は多くのファンを惹きつけてやまず、同じグループのメンバーからも「かっこいい」と評判の女の子。

 であるが、俺は叫びたい。

 彼女はとにかく、可愛いのだと!

 確かにイケメンだ! それは認める。しかしそれは女の子としてちゃんと可愛いからこその副産物であって、本質は天井知らずの可愛さにあるということを分かっていない、もしくは語っていない者が多すぎる!

 そんな思想強めに熱弁を振るう俺が一体どんな夢を、これまたよく律儀に数えていたものだとは思うが9回も見たのかと言うと、その子が男装して俺を誘惑してきている、という夢だった。

 みなまで言うな。おかしなことを言っているのは先刻承知。

 彼女はテレビ番組で男装をしていた。男装をして同グループのメンバーを口説いていた。俺はそれを「かっこいい」ではなく「可愛い」と思って見ていたのだ。

 可愛い女の子は、男装もすこぶる可愛いのだ。

 俺はとっくにおかしくなっていた。

 アイドルを好きになるというのは色々ある。俺の好きは所謂ガチ恋ってやつで、とうとう女の子らしい彼女ではなく、男装している彼女と付き合いたいという、それはもう随分と拗らせた恋をしてしまったようなのだ。

 アイドルと一介のオタク。ただでさえ報われない、絶対に叶わない恋。そこに男装というオプションまで付けるのだからどうかしている。すっぽんが月に恋い焦がれるならまだしも、地底人が太陽に恋をしたのでは目も当てられない。

 夢の中の彼女(男装)は、長身とは言え男の俺よりは低い身長で、俺を壁に追いやって可愛い顔を近づけて言うのだ。

「先輩、僕と、おかしくなりましょう?」

 そら狂いますって!!!!

 と、目を覚ますのだ。毎回胸の鼓動の早いこと早いこと。

 早く10回目来てくれと願い、俺は今夜も眠るのだろう。ここまで来たら、俺は可愛い男の子の彼女に、もっともっと狂いたいのだ。

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心は疾うに射抜かれて 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam

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