case19 禁忌の能力
花木は反射的に瞑った目を、ゆっくりと開けた。
死んだのだと思った。いや、厳密には死なないのだが、動けなくなるくらいにはめった刺されるものだと覚悟していた。
だがどうだ? 痛みも何もない世界が、花木にとってかえって不自然だった。
「……えっ」
そして、目の前の光景を疑ったのは言うまでもない。
天井から突然、人間が二人落ちてきたのだから。
落ちた場所が花木の真上だったが故に、三輪は落ちた一人——サクラの下敷きとなり、そして動かなくなった。花木は状況を把握しようと、目を擦り視界を凝らした。
「は? ちょ、九条⁇ なん……、てか誰だお前⁉」
「花木さん!」
「——美吹‼」
「どわっ⁉」
サクラは花木の近くで気を失い横たわる美吹を確認すると花木そっちのけで——というか花木の体を押しのいて美吹に駆け寄った。
美吹の血液は未だ流れ続けているが、少量になっていた。しかしいくら美吹の体が特別だからと言って、このままでは本当に失血死してしまう。サクラは声をかけ続ける。
「美吹、目を開けて。美吹」
「うっ……」
「……なんだって九条がここに? 羽島はどうした」
「花木さん、その話は後でもいいですか? 倉崎君、今助けます!」
九条が花木の言葉を遮って美吹に向かって手を伸ばす。『過去改変』能力を発動しようとした時、一番その能力を必要としていたはずのサクラが九条の手を止めた。
「美吹に触れるな九条春樹!」
「え、どうしてっ」
「僕の手を取って、能力を使って」
サクラは真剣な目をして言う。花木は九条の能力を知っている者として言った。
「何を言っている少年。九条の能力は人を介してよりも直接触れた方がその効力を発揮するんだぞ」
「ちょっと黙っててくれないかな、花木基裕。確かに九条春樹の能力は直接触れた方がいいことくらい僕にだって解る。だけど、今の美吹に能力者である彼が触れてしまったら、彼、もうキャリアとして生きられなくなるよ。それでもいいの?」
だから手を取ってやって。サクラの目は本気だった。
「どういうことだ……?」
「分かりません。でも、迷っている時間はありません。彼の言う通りにやってみます」
九条はサクラの手を取り、能力を発動した。サクラから九条の能力が美吹に伝わっていくのが可視化される。
過去改変能力【パストモディファイド】は禁忌に近い能力である。
その気になれば時間すらも改変させてしまうほどの力を持ち、世界でも一握りの能力者が保有するというが、その処遇については謎に包まれていた。
徐々に美吹の顔色が戻っていく。体の過去を改変させているので傷も無かったことになっていく。
「どう、でしょうか」
「うん……大丈夫」
荒かった呼吸も、落ち着いてくる。その様子を確認して、サクラはやっと安堵の表情を見せたのだった。
「美吹はもう大丈夫。これからは僕の番。花木って人は役に立たなさそうだし、九条春樹、あんたも戦闘要員じゃないでしょ。美吹のこと見てて」
辛辣な言葉だと思われる口調だったが、その裏には優しさも含まれていた。だから九条と花木は、サクラに言われた通りに美吹を守ることに徹した。
「〝……あーあーあーあー。どうしてくれるのさ。
「お前の言う通り来てやったぞ、天ヶ崎千楽。随分と派手に暴れたみたいだね」
「〝うるさいよ。神様だったからって調子乗るなよ!〟」
「…………なんであいつ、動けるんだ?」
首が折れてしまっている状態にも関わらず、彼(彼女)はさも何事もなかったかのように喋っている。声が可笑しくなっていないと可笑しいはずなのに、何故正常に聞き取れるのか。九条は恐ろしいものを目の当たりにしている感覚に陥る。
「そう熱くなるなよ千楽。その駒、死ぬよ」
「〝……。ドール・アップ〟」
天ヶ崎千楽、と呼ばれた声の主は三輪の体を無視して能力を発動した。彼が折れた手を捻り空へと挙げれば、さっきまで静止していた民間人たちが動きだした。
「おいおい、集中力が切れて操作できなかっただけか、面倒な」
現場を完全に制圧していたと思っていた花木が舌を打った。その様子を横目に認めたサクラは花木に「そっち、任せてもいい?」と言った。花木は「……おう。任せろ」と答えた。
「〝ッッ、そうやって余裕言ってられるのも今のうちだよ‼〟」
「お前の相手は僕だろ。美吹を傷つけた罪はちゃんと償ってもらう」
サクラは今までにないほど、怒りの感情に身を任せていた。
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