氷霜のアルマデルタ

不面 糸世

1章

 暖かい日差しが降り注ぐ中、ルカは畑で母や近所の住人達とトル芋の収穫に励んでいた。時折吹く風も春の暖かさを含む、気持ちの良い風だ。

「ルカ、早くこれ運んで頂戴!」

「はいはい。分かったよ、母さん」

 ルカは父親のお古の革手袋をはめ直しながら、木製の箱に手を掛けた。しゃがんでからゆっくりと箱を持ち上げ、荷馬車まで移動させる。

(こりゃ、一日がかりだなあ……練習とか勉強の時間はないかもしれないな……)

 ルカはため息を吐く。ルカの住む村は老人も多く、重労働のできる人間は限られている。それ故に農作物の収穫では若い村人に必ず声が掛かるのだ。

「ちょっと、ルカ。何ぼーっと突っ立っているのさ、早く次を運ぶんだよ!」

 両手を腰に当てて、ルカの母であるボニーが目を吊り上げている。

「分かってるよ! ちょっと考え事をしていただけだって……」

 革手袋に付いた泥を掃って、ルカはトル芋の入った木箱を運びに戻る。

(試験が近いっていうのに、収穫の時期と重なっちまうなんて……今年は何でこんなに天気がいいんだよ……)

 二週間程度遅れていてくれたら、ルカは皇都で試験を受けている最中で収穫に時間を割かれる必要はなかったのだ。昨年は雨天が続いたせいで収穫の時期が遅れていたというのに、今年は全くその気配はなく温暖な日々が続いている。おかげで毎日収穫に明け暮れる日々だ。村の貴重な収入源であるため、旬の時期を逃さず収穫し出荷する必要があるのだ。

(……きっと父さん達は、俺が試験を受けても合格する訳がないって思っているんだよな)

 セウメス帝国の北にあるカカル村は、自然に溢れている村だと言えば聞こえはいいが、森や湖があること以外何の特徴もない小さな村だ。強いていえば夏は涼しいことから、貴族の避暑地とされている位である。そんな辺鄙な村で生まれた人間が、セウメス帝国で最も栄える皇都の学園に通うことなどできる訳がないと思っているのだ。こんな辺鄙な村から学園に通えるような逸材が輩出される訳がないと。

(俺は絶対に学園の入学試験に合格して、帝国騎士になるんだ……!)

 ルカは自身が運ぶトル芋を見る。帝国騎士になれば生活するには充分な給金が出る。日々の暮らしがやっとのこの生活を脱することができ、家族の生活も楽になるはずだ。

(それに俺はあいつと約束したんだ! 絶対また皇都で会おうって)

 幼い頃ベスと三人で、モルグの樹の下で交わした約束が今もルカの胸にあった。

(絶対俺は学園の入学試験に合格するんだ……!)

 そのために、時には睡眠時間を削りながら、一年以上勉強や魔術の練習に励んできた。トル芋を運びながら、ルカが決意を新たにしているとボニーの声が思考を裂く。

「こら、ルカ! またあんた何か考え事しているでしょう! もっと早く運びなさい。今日中にこれ終わらせるんだからね。分かってる?」

「はいはい、分かってるって! やりますよ!」

(夜まで掛かっちゃ、試験対策の時間がなくなるな)

 ルカは勉強時間確保のため気合を入れ直し、トル芋を次々と荷馬車まで移動させるのだった。

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