永遠に届かない贈り物
睦月椋
永遠に届かない贈り物
冬の終わり、まだ肌寒い風が吹く頃だった。駅前の花屋に、ひとりの男性が立っていた。歳の頃は三十半ば。グレーのコートを着て、手には小さな白い箱を持っている。彼の名は
その日、悠真はいつものように白いカスミソウを一輪買い、箱の中にそっと添えた。
「今日もお願いします」
レジで会計を済ませると、彼は歩き出した。向かう先は、町の小さな郵便局。
窓口で差し出したのは、宛名の書かれた包み。送り先は遠い地方の小さな住所だった。
「すみません、こちら、普通郵便でお願いします」
窓口の職員が受け取ると、悠真は小さく頭を下げ、また駅の方へと戻っていった。その後ろ姿を、職員の女性はどこか気にかけるように見送った。
***
その日の夜、悠真は一人で部屋にいた。机の上には、封をしたばかりの白い便箋が数枚。そして、送り先の名前が書かれたノートが開かれていた。
「今年で、七年目か……」
彼は小さく呟いた。
悠真は、七年間、毎月欠かさず同じ贈り物を送っていた。小さな白い箱に、手紙とカスミソウを添えて。
だが、それが届くことは決してなかった。
***
悠真がその贈り物を送るようになったのは、七年前の春だった。
当時、彼には大切な人がいた。
彼女とは大学時代からの付き合いで、社会人になってからもずっと一緒にいた。
美咲は朗らかで、笑顔が魅力的な女性だった。彼女の周りにはいつも明るい空気が流れていて、悠真はその穏やかな雰囲気に救われていた。
ふたりは、将来を共にするつもりだった。
ところが、ある冬の日、美咲は突然この世を去った。
事故だった。
その日、悠真は仕事が忙しく、彼女と会う約束を延期してしまった。
「今日は遅くなりそうだから、また今度にしよう」
そう伝えたのは昼過ぎのこと。
彼女は「わかった」と言い、代わりに久しぶりに実家へ帰ると言っていた。
その帰り道、彼女は事故に遭った。
悠真がその知らせを聞いたのは、夜遅くのことだった。
「なんで、あの日……」
何度もそう思った。
もしも、あの日、約束を変えなかったら。
一緒に過ごしていたら。
けれど、どれだけ後悔しても、時間は戻らなかった。
美咲はもう、この世にはいなかった。
***
彼女の部屋を整理していたとき、悠真は小さな手紙を見つけた。
それは、美咲が書いたまま、渡せなかった手紙だった。
――「誕生日、おめでとう。来年も一緒に過ごせますように」
それを見た瞬間、悠真の心が締め付けられた。
彼女は、自分の誕生日に手紙を用意してくれていた。
けれど、それを渡せることはもうない。
彼は、そのとき思った。
「俺が代わりに贈ろう」
そうして、美咲がいなくなってから初めての月命日、彼は手紙を書いた。
――「美咲へ。そっちはどう? 元気にしてる?」
その手紙を、小さな箱に入れ、カスミソウを添えて送った。
宛先は、美咲の旧実家。
だが、美咲の家族は、彼女が亡くなった後に引っ越していた。
だから、その手紙は届かない。
それでも、悠真は送り続けた。
美咲に話しかけるように、毎月、同じように手紙を書き続けた。
「永遠に届かないとしても、俺は送り続けるよ」
そう、決めたのだった。
***
春が訪れ、桜が咲いた。
悠真は、また郵便局に向かった。
窓口の女性が彼を見て、小さく微笑む。
「いつもありがとうございます」
悠真も、少しだけ微笑んだ。
そのとき、女性がそっと言った。
「大切な方へ、ですよね」
悠真は少し驚いたが、すぐに頷いた。
「ええ、でも……たぶん、もう届かないんです」
女性は、優しく頷いた。
「それでも、贈ることに意味があるんですね」
悠真は、その言葉に少しだけ救われた気がした。
彼は、今日も贈り物を出す。
それは、永遠に届かないかもしれない。
けれど、彼の心の中では、確かに美咲がそれを受け取ってくれる気がしていた。
春風が、そっと頬を撫でた。
(美咲、今年も桜がきれいだよ)
そう心の中で呟きながら、悠真はそっと空を見上げた。
永遠に届かない贈り物 睦月椋 @seiji_mutsuki
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