第2話 海、時々青
…彼が口を開く。
『×××』
「…??な、なんですか?」
ボソボソと聞き取れなかったので、思わず聞き返す。……というか、少年はよく見るとずぶ濡れだった。背格好は私よりおそらく10cm程度背が高い。白いワイシャツにネクタイ、黒いズボン。少し長めの黒髪。どこかの制服だと思うが、今はその全てが多少乾いてはいるがほとんど濡れている状態だった。
『寒…………』
「…寒い?」
??なんのことだろうと思ったが、ずぶ濡れ具合を見るにおそらく寒いのだろう。寒いから抱きついている?うずくまっていたのも寒いから?
「家に帰った方がいいんじゃ…」
思わず漏れ出た言葉に、彼は顔を上げてこっちを見る。
『…あ、ごめん……!!』
私が気まずそうな雰囲気を醸し出していると急に、正気を取り戻したかのように彼は慌てて離れた。
『ごめん、どうかしてるわ。寒くてつい。』
「あーえっと…別に……。」
働け、私のコミュニケーション能力。こういう時にサッと口に出ないんだから、困ったもんだ。というか、どうやら普通に喋れるらしい。変な人かと思ったが、意外と普通の人なのか?……いや、こんな早朝の海でずぶ濡れの時点で十分変な人か。
「……えと、これ着ます?」
とりあえず自分の上着を差し出してみる。
『いや、悪いから。』
頑なに受け取ろうとしない。でも今はタオルとか着替え持ってないしなーと思案していると、彼はおもむろに話し出した。
『ごめんね、いきなり。怖かったでしょ。ほんとになんでもないから…今日のは見なかったことにしてくれない?お願い!!』
顔をぐいっと近づけて懇願される。……よく見ると綺麗な顔だ。
「……あなたが大丈夫ならそれでいいですけど……」
『ほんと?約束だからね!ほんとに誰にも言わないで…』
心做しか表情が曇っている、憂いを帯びた目線。……。が、どうやら杞憂は一瞬だったようだ。すくっと立ち上がり、じゃ、ほんと迷惑かけてごめん。と山の方に去っていく。
「なんだったんだ……」
……くしゅん。海風に当たりすぎたのか、それともくしゃみが伝染したのか。少し肌寒くなってきたが、そうこうしているうちに日が昇ってきたらしい。そういえば散歩に来たんだったと来た道を引き返しておばあちゃんちへ戻る。朝ごはん、なんだろ。
そこからたまに、朝早く起きて海を見に行くようになった。あれ以来あの男の子には合わなかった。別に期待していたわけではないけれど。海は好きだ。見る分には。
それと友達もできた。海沿いのおばあちゃんちから少し行った先の商店街の娘さん。この間買い物に行った時に出会った同級生で、どうやら同じ高校に進学するらしい。そとからこの高校に来る子は珍しいんだよ、と教えてもらった。まあ確かに、特段綺麗でも偏差値が高い訳でもない、北国の田舎までわざわざ来る人はいないのかもしれない。綺麗な場所なんだけどな、少し過疎化が進んでいるのか。そういえば、海に入れるの?と聞いたらここの海は遊泳禁止なんだと笑って教えてくれた。せっかくきれいなのにねー、と。
分からない……。もはや、あの日の出来事は夢だった気さえしてきた。まあ、それはそれでいいか。
この波の中に君さえいれば 瀬川 @segawa_99
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