この波の中に君さえいれば
瀬川
第1話 みなとまち。
プシュー。
電車のドアが開く。1歩踏み出したそこは、私が想像していたよりもずっと寒く、暗かった。すぅ、すぅ、はぁ、はぁ。呼吸をする度に肺が冷えていくのを感じる。もう3月も末だと言うのに、相変わらず肌寒いままだ。隣の県では今朝雪が積もったらしい。すぅ、すぅ、はぁ、はぁ。昔、お母さんに長く走れる呼吸法だと教えてもらった。特に走っている訳では無いけれど、そこからこの呼吸をすると不思議と落ち着く気がする。月明かりに照らされながら、駅を出て駐車場まで歩く。満月かと言われると少し怪しいような、しかし大きな球体が煌々と私を照らす。…ふぅ。これから私は祖父母の家へ行く。今はほとんど来ていなかったが、どうやら小学生の途中まではここに住んでいたらしい。正直あまり覚えていないが、道中の建物や駅は何となく懐かしい気がする。駐車場に着くと、車に乗っておばあちゃんが迎えに来ていた。何の変哲もない、少し古びた軽自動車。昔のまんまだ。
「灯莉ちゃん。よう来たねえ、こんなに大きくなって。」
「おばあちゃん。」
少し細くなっただろうか。しかしその柔和な笑顔と優しい話し方は今も健在だった。適当な会話を交わしながら、助手席に乗り込む。そういえばタバコの香りがしなくなった。
「タバコやめたんよ、あの人。」
あの人と言うのはおじいちゃんのことだろう。タバコってそんなにすぐ辞めれるものなのか…。とはいえ、おじいちゃんもすで80近い。やめたのは健康を見越してのことだろう。
「灯莉ちゃんは、今日からこっち住むんやろ?蒼崎高校行くんやったかいな」
「うん。荷物とかは明日届く予定。」
真っ暗闇の中ひた走る。ゴーゴーと音を立てながら車通りの少ないトンネルの中を進んでいく。何となく気まずくて、窓の外に目をやるがもちろん真っ暗闇なので再び車内に目線を戻す。それからからに20分程度車を走らせた。家族のこと、学校のこと、最近のニュース…一通り話した。
「あっ、ほら、見えてきたで。今は暗いけどな、朝なったらええ景色やから。」
両サイドに生えていた植物が開け、海が見えてきた。夜8時を回ったところだが、いくつかの漁船や灯台にはまだ明かりがついている。今日から高校入学のために暮らすおばあちゃん家は、海辺にある。
「よし、着いた。ようこそ我が家へ。」
もう遅いので海は翌日探索することにして、まずは家に入る。
「おお、灯莉か。よう来たなぁ。」
おじいちゃんもおばあちゃんも、同じようなことを言う。まあ夫婦だし、そんなもんなんだろう。おじいちゃんも相変わらず元気そうだった。昔と変わらず気難しそうな顔をしていたが。
「あんたの部屋、2階のここでええか?あんたのかーちゃんもようつこうとった部屋やから。」
おじいちゃんに案内されたのは2階の海がよく見える部屋だった。
「うん、ありがとう。」
今日はもう遅いので、片付けや荷物整理、お風呂などを一通り済ませて部屋に戻る。…少しだけならいいだろうか。そっと窓を開け、海を直接眺める。22時。海はただの漆黒と化していた。……ザー、ザー。波の音に耳を傾ける。お母さんもこうして聞いていたのかなと思うと少し感慨深くなった。ザー、ザー、ざー、ざー。真っ暗な海を眺めていると吸い込まれそうな感覚に陥る。…みんな、溶けてしまえばいいのに。
「…!?」
その瞬間、海の中に人影を見た気がした。…そんなはずはない。こんな真っ暗闇、更には水温もまだ入れる温度ではない状態で海に入れば間違いなく死ぬだろう。たとえ浅くともだ。しばらく見つめていたが、それっきり何も見えなくなったので見間違いだろうとその日は窓を閉めて就寝した。
翌日。まだ日も昇りきっていない5時に目が覚めた。慣れない環境、慣れない寝具だからだろうか。……祖父もまだ寝ているらしい。隣からすぅすぅと寝息が聞こえてくる。とりあえずなにか飲もうと下へ降りると、おばあちゃんが起きて朝ごはんの準備をしていた。
「おはよう、えらいはよ起きるんやねぇ。」
「おはよ、今日はたまたまだよ。」
「まだ朝ごはんできとらんけぇ、海でも見に行ってきたら?」
そうおばあちゃんに進められて、外に散歩に行くことにした。3月とはいえまだ少し寒いので、上着を羽織って外へ出る。
ザー、ザー。風が気持ちいい。おばあちゃん家から海までは昨日の夜見た通り、歩いて5分もかからなかった。海辺は砂浜になっていて、夏は海水浴もできるらしい。そのまま何分か海を眺めながら、浜辺周辺を周回した。徐々に日も昇って来たようだ。空が徐々に藍から淡いピンクに染まってゆく。綺麗だ。思わず息が漏れるほどには。海と空と、波と風と。自分が小さくなったような、それでいて世界の全てを知っているような、そんな気持ちに陥る。……ガサッ。不意に音がした。
…………人影?振り向いて見ると、遠くには人間の男の子らしき影。朝5時の海、しかも都会とは言えない場所だ。…座り込んでいる。本当はスルーしたかったが、彼がもし倒れていたりすれば後味が悪いので一応様子を伺いつつ近づいてみる。
「……あの〜大丈夫ですか?」
……………。返事はない。もう一度。
「えーっと…」
ガバッ!!っと急に抱きつかれる。
「うわっ!!!」
殺られる、と思った。もしかしたらうずくまっていたのは罠だったのかもしれない。思わず彼を突き飛ばそうとするが、案外力が強く押し返せない。死ぬ。こんなところで?
…彼が口を開く。
『×××』
2025/03/28 1部内容を修正しました。
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