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高校の昼休みは賑やかだ。
教室や廊下は会話や笑声で溢れているし、少し離れたところにある体育館からはバスケのドリブルの音が興じる生徒たちの声とともに小さく響いてくる。バスケ部の練習だろうか。それとも一般生徒がストリートバスケの真似事をしているのだろうか。
加えて上階の音楽室からは吹奏楽部が奏でる曲が心地よい耳触りとなって聴こえている。なんという曲かは知らないがずいぶん気合いが入っている演奏のように聞こえる。確か昨日まではパート別練習というのか、校内の所々から楽器ごとの音合わせが聴こえていたように思うが練習方法を変えたのだろうか。まあ、音楽など齧ったこともない俺にはよく分からないが……。
そんなことをぼんやり考えていると肩をツンツンと突かれた。
「ねえ、未知瑠。聞いてるの?」
「ん、なんだ」
「だからあ、夢ってなんだろねって」
おっと、いつのまにか別のことに気を向けていた。
俺はわざとらしく咳払いをして姿勢を正し、指で文面の冒頭を指し示した。
「そうだな。じゃあまず、夢という単語について考えてみるか。夢とひと口に言ってもいくつかの意味合いがあるよな。ひとつは寝ている間に見る夢、もうひとつは将来の夢というように未来の願望を表す場合、あるいは夢のようなという風に現実感を伴わない状況も広義の意味では使われるだろう。他にあるか」
「ううん、それぐらいだと思う」
「じゃあ、この場合はどれかだが……まあ、普通に考えれば二つ目の願望だろうな」
「どうして? 昨夜見た夢の話かもしれないじゃない」
俺は欧米人のように軽く肩をすくめてみせた。
「いや、それだと状況に当てはまらない。夜に見た夢のことでそこまで思い悩むはずもないし、そもそも同じ夢を九回も見ること自体おかしいだろ」
「見るかもしれないよ。あるじゃん、何度も見る悪夢とかさあ」
夏海が自分の両肩を抱いてニヤリと笑ったので俺は呆れた口調で返してやった。
「だったらそりゃあもうSFだ。ホラーだ。フィクションの世界だ。もしそうなら俺たちがここで頭をひねったところでどこにもたどり着けない。それに……」
「それに?」
肩から腕を解いた夏海が興味深そうに顔を近づける。
「9回目だったというのは過去完了だ」
「過去完了? だからなに」
「過去のある時点ですでに声の主の夢が完結していることを表している」
「そう……なのかな」
夏海の瞳がなんとも腑に落ちないというように宙に泳いだが、そこで議論を交わすのも面倒だ。俺は「まあ、そういうことにしておけ」と言い置き、話を前に進める。
「つまりだ。声の主の夢は終わったと考察していい」
「ということは……」
「暗い口調とその後のセリフから考えて十中八九、夢は叶わなかったとみていいだろうな」
誰とも知らない人間のことを話しているというのに夏海は悲痛な表情を浮かべる。
「でもさ、そうだとして、それってどんな夢だったんだろう」
その問いに俺はやや間をおいてから更なる問いで返した。
「なあ、夏海。高校三年間限定で抱く夢にはどんなものがあるかな」
「限定って?」
「つまり将来の夢とかじゃなくて、高校生の間に完結できる目標だ」
「ああ、そういうことなら……」
すると夏海は指を折って数え始める。
「まあ、いろいろあるよね。まずは恋愛成就。それから成績アップ。進級。三年生なら志望校合格。あと部活動でレギュラーに選ばれるとか。大会で勝ち進むとか……」
俺は机の中から取り出した青のボールペンでメモ用紙の端に挙げられていくそれらの項目を箇条書きにした。
ふむ、他にもあるかもしれないが、そこまで可能性を広げる必要もない。
まあ別に探偵を依頼されたわけでもないんだし、適当、適当。
「じゃあ、それらを踏まえて次に行こう」
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