第30話 やっぱり悪くないじゃない!

 たっぷり十秒は間を置いて、最初に口から出てきた言葉は「は?」だった。


「待って待って、寝取る……? は? 誰が?」


 いや、話の流れからいって、フィフィーちゃんだというのはわかる。しかし、しかしだ。額を押さえ、なぜそのように言われるようになったのか懸命に思考を走らせるが、噂も理由も何ひとつ彼女に繋がらない。


 黒幻素魔法は確か、他人の精神を操ることができる。


「魔法を使ってってことは……フィフィーちゃんが男の人達の精神を操作して、女の人達から無理矢理に奪ってた……ってこと? そんなことあるはずないじゃない」


 少しでもフィフィーちゃんを知る者ならば、彼女がそんなことするはずがないとわかるものだ。もし本当にそのようなことをしていたのなら、許嫁であるサイネルは、真っ先に操られていたに決まっている。一年も、彼女が使用人生活に甘んじる必要などないのだ。


「まさか……あなたもそんな馬鹿げた噂話を信じたわけじゃないでしょうね」


 キッと私はサイネルを睨んだ。

 視線を受け、彼は肩を竦める。


「言ったでしょう、呼ばれていると。僕達男は、どういう経緯でそんな噂が流れたかわかっているので、悪役令嬢云々は気にしちゃいませんよ。男にとっちゃ、悪役令嬢なんて可愛いもんじゃなくて、魔物ってほうがしっくりくるでしょうし」


「サイネル」と、声音を一段下げて名を呼べば、彼は慌てて両手と顔を左右に振った。


「ちっ、違いますよ! 一般的な意見を言ったまでで、僕は、母様が受け入れてるのならもう良いんですよ」


 それに、と彼は一旦言葉を区切る。


「い、今は彼女のこと、別に……そんな……思ってませんし……」


 ふいっとそっぽを向いて、口元を隠すようにグラスをあおる息子の姿を見れば、私の口角も強制的ににんまりと吊り上がるというもの。


「あぁんもうっ、可愛いわねぇサイネルゥ~」

「や、やめてください母様……っ、ひ、人が見てますから……!」


 つい犬を撫でる要領で、頭をわしゃわしゃしてしまった。セットしていた髪を崩してしまって申し訳ない。私の魔の手から逃れたサイネルは、赤い顔しながら手ぐしで髪を整えていた。


「それで、どうして渾名に男女差があるの?」


 話を聞けば、すべての発端は、フィフィーちゃんに惚れたどこぞの馬鹿男のせいだということがわかった。


 フィフィーちゃんは私から見ても、はっきりと美女と言える容姿をしている。こうしてホールに集う数多の令嬢を眺めてみても、贔屓目抜きにして、やはり彼女の容姿は際立って優れていると思う。

 きっと幼い頃も可愛かったに違いない。数多の男達が勝手に惚れるくらいに。


 許嫁のいるとある侯爵令息が、フィフィーちゃんに恋をした。黒幻素が発露する少し前のことだ。


 フィフィーちゃんは、相手には許嫁もいるし到底受け入れられないと断った。それでこの話はひっそりと終わるはずだった。


 侯爵令息の許嫁が、フィフィーちゃんの妹でなければだ。


『アニア・スロヴェスタ』――フィフィーちゃんの母親が亡くなった後に来た後妻の、ひとつ下の連れ子である。

 侯爵令息の愚行を知ったアニアはキレにキレ散らかし、罪のないフィフィーちゃんだけでなく、許嫁の侯爵家にも傷ついた責任を取れと迫ったそうな。


「責任って?」

「金でしょうね」

「うわっ……」


 その直後、フィフィーちゃんの黒幻素が発露した。

 スロヴェスタ家は黒幻素を忌んだが、逆にこれ幸いと喜んだ者がいた。それが許嫁の侯爵令息だ。途端に彼は「自分は操られていただけだ」と声高に言いはじめたのだ。そこにアニアも加勢した。許嫁が自分より姉を選んだというよりも、姉に操られていただけとしたほうが格好がつくというもの。


 あっという間に、『フィフィーは妹の許嫁の心を操ってまで奪おうとする女』という噂が貴族界で広がった。


 そして、噂に乗じるように、邪な考えを持った者達が彼女に群がりはじめたのだ。


「なんで!?」

「フラれても堂々と言い訳ができるからでしょうね。マクウェリン家に押し付けられる前――おっと、僕の婚約者になる前は酷かったですよ。彼女に告白する男に許嫁や交際相手がいるのは当たり前で、中にはフィフィーの父親くらいの歳の貴族もいましたから。節操がない」


 ふんっ、とサイネルは鼻で嗤った。


 なるほど。それでフラれたら、フィフィーちゃんに操られて誘惑されただけと誤魔化す。交際相手の令嬢達も、アニアと同じでフィフィーちゃんに操られていたせいだと、矛先を男ではなく彼女へ向ける。そういえば、夫が浮気した時、女は夫よりも相手の女を憎むと前世で聞いた覚えがあるわ。


「ホールに入った時に向けられた、男女の視線の違いにも納得いったわ」

「それでまあ、流行りの読み物の中で、他人の男を奪う魔性の女が悪役令嬢と呼ばれていたことから、彼女も同じように呼ばれてと……。発端を知らない令嬢の中には、本当にフィフィーが黒幻素で操りまくっていると勘違いしている者もいますがね」

「でも、皆、黒幻素持ちは魔物って恐れてるんじゃないの? なのに、発露した後に告白するっておかしくない?」

「男同士の間じゃ昔から彼女の美しさは有名でしたし、記念告白ですよ。万が一、彼女が頷いても、家が許すはずないし断るつもりだったようで。彼女に告白した男達は、『あの美女から惚れられた男』という名誉が欲しかったみたいですね」


 が。


「とはいっても、男の間でもそんな愚行に走った者は一部ですから。やはり、それより単純に黒幻素持ちということで、男は恐れから魔物と呼ぶ者のほうが多いんですよ」

「納得いったけど……フィフィーちゃんまったく悪くないじゃない……っ!」


 美しすぎると、存在するだけで悪意も好奇も集めてしまうのか? 

 そんな可哀想なことあってたまるか。


「……ひとつ聞いておくけど、あなたはを犯してはないわよね」

「ははっ、僕が母様をおいて他の娘にうつつをぬかすと?」


 濁りのない瞳で見つめられ、思わず唸ってしまう。

 親としては嬉しいが、将来を見据えると少々危ない気がする。


「ごめん。喜んで良いのか頭抱えたら良いのかわからないから、とりあえず今後のために一発いっとくわね」

「なぜッ――あいたぁッ!?」


 サイネルの背中で平手が弾けた。


「~っもう、あまり人目を引くようなことはしないでくださいよ」


 サイネルは丸めた背中をさすりながら、はぁと嘆息する。


「ちょっと控え目にしたから許して」

「そういう問題でもな――」

「キャアァァッ!」


 突然、ホールに若い女の悲鳴が響き渡った。


「何、今の!? 何かあったの!?」


 皆が悲鳴の出所を探して顔をキョロキョロさせていた。


 そして、だんだんと皆の視線はとある一箇所へと集中していく。ちょうど、私達のいる場所とは反対側の壁際である。


 そこは、先ほどまで私達がいた場所。が残っている場所だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今世は、悪役令嬢の姑~愛する家族のためには独立もいとわない~ 巻村 螢 @mkei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ