悪役令嬢の謎と姑の覚醒

第28話 これぞ異世界転生の醍醐味でなくて!

「えっ! 舞踏会!?」


 夕食の席で、息子が「そういえば」と出した話題に、私は思い切り食いついた。以前までの私は病気で伏せっていたため、当然参加しないということになっていたのだが――ついでに、「母様が参加できないなら僕も行きません」とサイネルとフィフィーちゃんも不参加にしていたらしい――、私の体調がこれこの通り元気になったので、どうするかという話だった。


「来週、王宮であるのですが……」

「行くわっ!」


 間髪容れず、私は是と答える。


(だって、舞踏会だなんて漫画でしか見たことない世界じゃない!)


 煌びやかな格好した男女が、ウフフアハハときらきらシャンデリアの下で踊り狂い恋の駆け引きをするの。きっとこの日のために目一杯おめかししたお姫様、もとい令嬢達のことを想像するだけで、口元が緩んでしまう。


(そんな夢のような場所、行かないって選択肢ないわよ。これよこれっ! 異世界転生の醍醐味! 貴族になって良かったわあ)


 食事するのも忘れて、私の脳内は既に舞踏会のことでいっぱいだった。


「当然、サイネルも行くならフィフィーちゃんもよね! 明日一緒に着ていくドレスを選びましょう、楽しみだわ!」

「あっ……は、はい」


 フィフィーちゃんは食事に集中していたのか、私の声で我に返ったようで、ワンテンポ遅れて頷いていた。




        ◆




 時が経つのは早いもので、舞踏会の日。


「はぁぁぁぁ、素敵すぎる……っ。お城が……本物のお城が目の前にあるわ……っ」

「本物? 母様、そんなに王宮が好きでしたっけ? むしろ……」


 私の震えるほどに感極まった反応に、サイネルが首を傾げた。


「ぁあぁっと、いえ、あの……ほら、ずっと伏せっていて見える景色がいつも同じだったでしょう? だから、久しぶりに見る煌びやかさにちょっと興奮しちゃっただけよ」

「ああ、なるほど。確かに時には違う景色も見たくなりますもんね」

「そそっ! そういうことよ」


 そういえば、ロザリアは『無理矢理黒幻素のフィフィーちゃんを我が家の許嫁にするだなんて』と王家に対して不満を持っていたんだった。


(でも王家は別として、こんな光景を目の当たりにしたら、誰だって興奮するわよ)


 馬車から降りて目に飛び込んできたのは、絵に描いたような豪華な宮殿だった。馬車が通ってきた前庭を抱えるように鶴翼型に建てられた宮殿は、左右対称を成していて美しい。


 王宮使用人が黄金の取っ手を引いて扉を開き、宮殿の中へと私達を誘った。


「サイネル、エスコート」

「尻ィッ!?」


 パァンと玄関ホールに快音が響いた。我が息子ながら良い音を出す尻だ。


 ひとりでスタスタと私の隣に並ぼうとした息子に、彼は誰をエスコートすべきかを諭したのだ。サイネルは「いきなりはやめてくださいよ。普通に驚く……」と尻をさすりながら、後ろを歩いていたフィフィーちゃんの隣へと退さがっていった。


 実に察しが良くなったものだ。


「フィフィー……腕」

「えっ、あっ、あの、サイネル様……っ」

「ただ隣を歩くだけをエスコートとは言わない。ぼ……僕に恥をかかせないでくれ」

「そっ、それでは……う、腕をお借りします」

「ん」


(ん゛っ!)


 背中から聞こえるぼそぼそとした二人の会話に叫ばなかったのを、誰か褒めてほしい。


(甘酸っぱいぃ、寿命が延びるぅ……、あ、もう延びたんだったわ)


 二人がどんな顔をしているか見たい衝動を、手の甲をつまんで必死に抑える。おそらく照れているだろう二人の空気を少しでも感じ取れやしないかと、私はしばらく背中に全神経を集中させていた。 


(それにしても……)


 マクウェリン家も充分に豪華な屋敷だと思っていたが、王宮というものは、天井の高さから玄関ホールの広さまの何から何まで桁が違った。私達は玄関ホールで待ち構えていた使用人に案内され、金細工が施された天井とアーチ型に組まれた側壁の柱廊を抜け、そうしてやっと王宮の西側にある舞踏ホールへと足を踏み入れた。


「マクウェリン女侯爵ロザリア様、ご令息サイネル様、スロヴェスタ公爵家ご令嬢フィフィー様のご到着でございます」


 扉が開くと一緒に、ホールに響き渡る私達の来場を知らせる廷臣の声。

 すると、今し方まで賑やかだったホールの音が、ピタリと止んだ。


「え、あら……?」


 ホールには多くの貴族達が既にいたのだが、皆楽しそうに交わしていた会話を止めて、こちらに目を向けていた。てっきり、誰が来たのかと注目されているだけと思ったのだが、向けられる目を見て違うと悟った。


 皆、顔を背けるようにして、しかし目端ではしっかりと私達を捉えている。とても好意的とは言いがたい見方だ。しかも、向けてくる視線の色が、男女で微妙に違った。男性の視線には好奇が、女性の視線には嫌悪が滲んでいる。


(何これ……気持ち悪い……)


 思わず足を止めていた私に、背後からサイネルが「母様」と小声で先を促し、私はわけも分からないまま、不愉快な視線の中へと歩を進めた。


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