第7話 帰宅早々の息子に、謎の裏拳が飛ぶ②

「まだ荷造りが終わってなかったのね。ごめんなさいね、引き留めて。重いようなら、荷運びはセバスチャン達に手伝ってもらうわよ」

「い、いいえ、もう終わりましたので」

「え? でも、トランクひとつじゃない」

「はい。ひとつでも充分だったので……」


 フィフィーちゃんは床に膝をつくと、『ほら』とでも言うように、カパッとトランクを開いて見せてくれた。入っていたのは、替えのメイド服とおそらく下着類が入っているのであろう布袋……のみ。


 サーッと血の気が引いていき、次の瞬間には私は叫んでいた。


「セバスチャァァァァンッ!」


 すると、スッ、と扉の陰から長身の老執事が現れる。

 後頭部に撫でつけられたロマンスグレーの短髪が、渋い皺の入った顔によく似合っている。


「セレストです、奥様。何度も言いますが、私はセバスチャンという名ではありま――」

「セバスチャン、今すぐ外商を呼んで! 令嬢が利用する外商全員! 今すぐっ!」

「ですから、セバスチャンでは――」

「っああああああ! なんで気が回らなかったのかしら、私のバカァッ! 部屋を整えると一緒に、身の回りも整えてあげたら良かったじゃない! いえ、でも、装飾物は自分で選びたいでしょうし……あっ、私も一緒に選んじゃおうかしら。フィフィーちゃんはきっとなんでも似合うだろうし。この際、部屋も新しくなったし、クローゼットも新品のドレスで一杯にすれば良いんだわ! ねっ、良い考えだと思わない、セバスチャン!」

「…………左様にございます」


 セバスチャンは、老執事よろしく静かに頷いた。

 どうして目をつぶっているのかしら? ま、いいか。


 そうして、その後の段取りをセバスチャンに伝える。彼が手配のために部屋を出て行くと同時に、ちょうど部屋の模様替えも終わったようだ。

 セバスチャンにならうように、メイド達も小さく会釈しながらぞろぞろと部屋から出て行く。


 口々に「お疲れ」やら「そろそろお昼ね」などの、ざわざわとした会話が聞こえ、まるでバイト終わりの大学生みたいだな、なんて微笑ましく見ていたのだが。


「ねぇ、あたしてっきり奥様がこの部屋を使うもんだと思ってたんだけど……」

「私もよ。まさかのフィフィーでしょ!? 納得いかなーい。なんで、のために、私達が働かなきゃいけないのよって感じ」

「夫になるサイネル様にも愛されてない分際でね……そんな女に仕えたくないわよね」


 聞こえてきたひそひそ話の内容に、思わず入り口を凝視してしまった。


(悪役……令嬢……? 誰が?)


 もしかして、フィフィーちゃん?


「――っ!」


 思考を巡らせ掛けて、ハッとした。この部屋にはまだフィフィーちゃんが残っている。どうか彼女の耳には届いてませんようにと願いながら、フィフィーちゃんへと顔を向ければ、目が合った彼女は苦笑していた。





        ◆





「ただ今帰りました、母さ――フゴッ!?」


 振り向いた私の手の甲が、学院から帰ってきたばかりのサイネルの頬に綺麗に入った。






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