人生最後の大恋愛-Sunday-

みららぐ

失恋直前、いつものカフェにて。



大きな青空の下で、私はなんとなくのことを思い出していた。



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最近、彼氏の態度がちょっと変わった?

そう思い始めてから、あの頃は私の中で一気に不安が広がっていた。


いや、確かに私の彼氏「宗助そうすけくん」は、元々人並みの優しさすら持ち合わせているような彼氏じゃなかった。


当時は、お互いに23歳で、同い年。出会いは大学だった。

普段、働いている会社は別々なのに、まず私から送らないと宗助くんは自ら連絡をしてこない。


週末のデートの約束もそう。

私が「ここに行きたい」と提案さえすれば宗助くんはたいてい「いいよ」と頷いてくれるが、宗助くんが私に「映画行こうよ」や「ご飯行こうよ」なんて誘いに来ることはまずない。

言うならば、まるで私が一方的に宗助くんのことが好きで、片想いをしているかのような状態なのだ。


そんな宗助くんは、いつからかその冷たさが更に増した気がしていた。


まず、宗助くんはデート中であっても私の顔を一切見ようとしなくなった。

ラインの返事もなかなかこない。

今までは時間が経っても必ず返信くらいしてくれていたけれど、最近は既読スルーされることも珍しくなくなってきた。

だから週末のデートもそう。私が必死に会話が途切れないように話していても、彼は相槌を打つどころかずっとそっぽを向いている。

ちゃんと私の話を聴いているのかいないのか…いや、多分、聴いていないんだと思う。


宗助くんとは私の片想いの末に付き合いだした仲だから、最初こそ多少冷たくてもそれで構わなかった。

寧ろ、他の男と違って変な下心を持ち合わせていない彼が好きだった。

だけど、最近はそんな宗助くんのあまりにも冷たい態度が不安に変わってきた。

だって、私の彼氏は付き合いだしてからの約一年間、私にキスすらしてきたことがなかったのだから。


このままじゃもう真面目とか誠実とか通り越して、私は嫌われているんじゃないかとすら思う。

宗助くんは…私のこと、本当に「好き」なの?

恐らく私がそう聞いたら、彼は困った顔をしてまた目を逸らすだろうな。

宗助くんは多分、最初から私のことを好きでもなんでもなくて、きっと無理に私と付き合ってくれているんだろう。


だからもう、こうなったら私から彼に別れを告げるしか他ないの。


そう思って決めた3月中旬の週末。

私はいつものデートを装って、見慣れたカフェに宗助くんと来ていた。


店内に流れる聞きなれた軽快な音楽。

甘いスイーツの香り。

落ち着いた雰囲気の店内には、カップルが何組か見受けられる。


私と宗助くんは店員さんにコーヒーとチーズケーキをそれぞれ2つずつ注文すると、何だかやっぱり気まずく感じる空気の中で静かに向かい合った。


いつ、別れを切り出そうか。

正直宗助くんとは別れたくないけど、このまま彼に無理をさせ続けるわけにはいかない。

フラれたくないから、今日は私から別れを切り出すんだ。

私がそう思って顔を上げると、その時久しぶりに宗助くんと真っ直ぐに目が合って、宗助くんが珍しく自ら口を開いた。


「……あのさ」

「え、」

「実は今日、大事な話があるんだけど」

「!」


宗助くんはそう言うと、すぐに私から目を逸らしてテーブルの上に目を遣る。

…きた。もしかして今日、宗助くんは私に別れ話をするつもりで来たのかな。

私はそう思うと、今にも震えそうな声で言った。


「ちょうど良かった」

「?」

「私も…私も実は、今日きみに話しがあって来たの」

「…え」


どっちから話す?

なんて、そんなことは聞かなかった。

宗助くんに先に別れ話をされるのかもしれないと思ったらそれが嫌で、気が付けば私は宗助くんの意思も聞かずにそのまま話し始めていた。


「ごめんね。私、他に好きな人が…できたの」

「…」

「その人のことがね、私、どうしても好きなの」

「…」

「だから、ごめんなさい。私と別れて下さい」


私はそう言いながら、だけど宗助くんの顔を見ることは出来なくて、目の前の空になったコーヒーカップの器に目を遣ったまま言う。

正直今にも泣きそうで、というか目に既にうっすらと涙が浮かんでいた。

顔を上げたら泣きそうになっているのがバレてしまいそうだから、コーヒーカップに目を遣ったままの視線を動かせない。


だから目の前の宗助くんが今どんな顔をしているのかわからないけど、私の言葉に宗助くんも黙り込んだまま、何も返事が聞こえてこない。

理由が理由なんだから少しは怒ってくれたっていいのに、寧ろ怒ってほしいのに、彼にはそれもない。


…ああ。

きみはそんなにも私に興味がなかったんだ。

そう思ったらもう本格的に泣き出しそうだったから、私は自分のお代だけテーブルの上に置くと、言った。


「…じゃあ、そういうわけだから」

「…」

「今日は、もう帰るね」


私はそう言うと、一旦取り出した財布をカバンの中に仕舞う。

もしかしたら、慌てて引き留めたりしてくれるかな?

だけどそんな期待も虚しく、彼は口を開かない。


嫌だな。

別れたくないな。


でも、宗助くんに気持ちがないのなら、一緒にいる意味なんてないんだし。

このまま彼を自由にさせてあげよう。


私はそう思うと、「さよなら」を言おうとして…

だけどその前に1つだけ確認したくてまた口を開いて彼に問いかけた。


「…ねぇ、1つだけ聞いてもいい?」

「?」

「宗助くんは、幸せだった?」

「え、」

「宗助くんは、私と付き合っていて、幸せだったかな?」

「…」


しかし、私がそう問いかけても、未だ彼には返事がない。

そんな彼の様子に私は深く傷ついて、今度こそ「さよなら」と席を立とうとしたその瞬間…

その時やっと宗助くんが口を開いて言った。


「…幸せ、だったよ」

「え、」


その瞬間、目に滲んだ涙越しに彼とやっと目が合う。

すると宗助くんが再度口を開いて、はっきりと同じ言葉を口にした。


「幸せだったよ」

「!」


まさか普段ぶっきらぼうな彼からそんな言葉が聞けるなんて思ってもみなくて、私の目からは思わず涙がぼろぼろと零れ落ちる。


いや、そんなの嘘だ。

だって宗助くんは、私と一緒にいたっていつも楽しそうには見えなかったよ。

宗助くんから愛を感じることなんて、一度だってなかったのに。


私はそう思うと、涙声で宗助くんに言った。


「っ…嘘!」

「?」

「嘘吐かないでよ!私わかってるんだよ、宗助くんが私のことを好きじゃないことくらい!」

「!」

「宗助くんはいつだって私に冷たいじゃない!笑いかけてもくれないじゃない!一度だって手を出してきてくれたこともない!それなのに、付き合ってて幸せだったなんて嘘言わないで!最後の最後で嘘吐かないでよっ…」


私はそう言うと、今度こそ椅子から立ち上がってその場を後にしようとする。

だけど私が立ちあがったその瞬間、彼が私を引き留めるように言った。


「嘘じゃない」

「!」

「幸せだったのは、嘘じゃないよ」

「…え、」

「そりゃ確かに最初は、貴女に告白されてなんとなく付き合いだしただけだったけど、それでも一緒にいる時間が増えていくにつれて、気が付けば僕も貴女を好きになっていったの。

普段の僕はこんなだけど…これでも貴女と一緒にいて、幸せだって思ってるんだよ。

…でもごめん。僕は今まで彼女とかいたことなかったし、扱いがイマイチよくわからなかったから、とりあえず貴女がしたいって言うことにだけ頷いてた」

「!」


宗助くんはそう言うと、背中を向けて立ち止まったままの私に「座って」と促す。

その言葉に、私は渋々椅子に座り直すけど…内心は突然聞けたきみからの「好き」の言葉に心が震えた。

…私がずっと聞きたかった言葉、やっと言ってくれたね。

私がそう思っていると、彼がまた口を開いて言う。


「それが…貴女にとって冷たく見えたならごめん。でも幸せだったのは本当だから信じてほしい」

「で、でも最近は私と目すら合わせてくれないし、ラインの既読スルーだって…!」

「あ、や…目は、その…貴女のことが好きだなって思ったら最近は余計に合わせられなくて、ラインの既読スルーは返信の文章を何度も入力しては消したりしてたら、何て送っていいのかわからなくて…結局送れなかった」


ごめん、と。

宗助くんはそう言うと、申し訳なさそうな顔をして見せる。


…え、うそ……そう言うことだったの?

結局、私のことが嫌いなわけじゃなかったんだ。

私はそれに気が付くと、思わず大きな安心感で椅子の背もたれに体を預けながら息を吐いた。


「な、なんだぁ…そういうこと?別れ話して損した…」

「…え?」

「あ…あのね、ごめん。私も、他に好きな人ができたなんて嘘なの」

「!」

「だって、宗助くんはあまりにも私に冷たいから、てっきり嫌われてるのかなって」


しかし私がそう言った途端、それを否定するように再び宗助くんが口を開いて言った。


「っ、嫌いなわけない!」

「えっ」

「…あ、えっと…」

「…?」


そしてそう言うや否や、宗助くんが持っていた自身のカバンから白い小さな箱を取り出すと、それを私に差し出して言う。

え、何これ?


「これ、付き合って一年の記念に用意したプレゼント。ほら、来週の水曜日、記念日だから」

「!!」

「ペアリング。本当は一緒に選びに行こうかなって考えてたんだけど、女の子はサプライズが好きだって、ネットに書いてあったから…。だから、嫌いなわけない。記念日当日は平日だから、今日のうちに渡しておこうかと思って」


ペアリング…?

宗助くんが、私のために…?

もしかして、宗助くんが言ってた「大事な話がある」っていうのは…このことだったの?


「…これ、貰っていいの?」

「もちろん。貴女のことを考えながら一生懸命選んだんだよ」


その言葉に私が嬉しさいっぱいで箱を開けると、そこには確かに2つのリングが並んでいた。

手に取ってみると名前まで掘られてあって、私は思わずまた泣きそうになる。


「…私が別れ話して、そのまま別れちゃってたらどうなってたの?この指輪」

「…どうなってたかな。一瞬、隠そうかと思ったよ、この指輪の存在は」

「え、何で?言ってくれればいいのに」

「言えないよ。他に好きな人ができた、なんて言われたら…」


宗助くんはそう言うと、少し…寂しそうな表情をした。…ように見えた。

そんな宗助くんにやっぱり申し訳なさを感じつつも、そんな彼の表情を一度でも見てみたかった私は、内心嬉しささえ感じてしまう。


「…ね、せっかくだからこの指輪、宗助くんが嵌めてよ。私の指に」

「うん、」


私たちはそう言いながら、見慣れたカフェのなかでお互いの指にそれを嵌め合った。

お揃いの指輪をした直後、不意に目が合うと、何だか照れくさくなって思わずお互い目を逸らす。


でも…


「嬉しい。ありがとう」

「ううん。喜んでくれたなら良かった」


まさかこんなに素敵なプレゼントを貰えるなんて思ってもみなかった私は、嬉しさのあまり、その指輪を嵌めている自分の指を大事に包み込んだ。



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あの時もらった指輪が、いずれ結婚指輪に変わる日も、そこまで遠い未来じゃなかったな。


宗助くんと付き合っていた当時のことを思い出していると、私は不意に宗助くんに呼ばれて振り向いた。

宗助くんが私に言ったプロポーズも、確かと同じ“サプライズ”だった。



あの日から、約二年。

青空の下、白い教会の前。



私と宗助くんは、今日、結婚します───…。








【完】

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人生最後の大恋愛-Sunday- みららぐ @misamisa21

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