B________Under

おずおずとプールの方へと近づくと、狭川は再び僕の手を取る。

「ってかさ、僕の手を、握る必要があるのか?」

「命綱みたいなもんだよ。先に進もう。」

プールの縁から水底に向けて階段が伸びていた。こんなものあったか?

狭川は構わずプールの底に降りていく。黒い水がスラックスを濡らしていくのも構わずにザブザブ音を立てながら水に入っていく。

「ちょ、待って!死んじゃうだろこんな、水の中に入ったら!」

「死なないよ。夢だから。深くなればなるほど、水圧みたいに抵抗感が出るだろうけど。」

諦めて僕は狭川に手を引かれるままにプールに足を踏み入れた。水だった。

つま先から水が染み込みずぶずぶと僕のカーゴパンツを濡らしていく。狭川はもう膝の上まで水に浸かっている。これも全て僕の頭が作り出しているのだろうか。狭川はもう肩まで水に浸かっている。心を無にして足を動かす。不思議と浮力というものがなかった。ただ重く、沈むだけ。遂に顔まで水が来てしまった。狭川の姿はもう見えない。ただ、変わらぬペースで手が引かれ続けている。僕は意を決し息を止めて顔を水に突っ込んだ。


「・・・・・・。」


恐る恐る目を開けると、確かにそこは水中のようだった。手を引く狭川の姿が見える。

「息もできるはずだよ。」

狭川がこちらを振り向いて言う。

確かに、呼吸も普通にできた。

真っ黒に見えた水の中はラムネ瓶のような緑がかった深い青色で、外からの光源もわからない光がゆらゆらと射していて、水族館のトンネル水槽を思わせた。それでも奥の方は光が届かずに見通せない。

「綺麗だよね。起きてたら見れない光景だろ。悪夢であっても夢だから。」

手を引かれながら僕らは階段を降りていく。

耳が痛いほどの静けさに足を踏み外してしまうのではないかという緊張感がある。

階段の先は見えず、水面の光も遠ざかる。

前を歩く狭川に訊いた。

「そもそも、なんでお前は僕の夢の中にいるんだ。」

狭川は振り向かない。

「企業秘密。」

「なんだそれ。」

「夢売りは裏の商売だからね。カタギの人間にはできないってわけ。ま、色々こっちにも事情があんの。」


どれぐらい階段を降りたのだろう。もう殆ど視界がない。光は完全に失われた。

それは、あのエレベーターを降りた廊下よりもずっとずっと暗かった。手を引く感覚はあるのに狭川の姿は見えない。こんな状態で階段を下るのは最早恐怖以外の何物でもない。廊下の方がマシだった。

「・・・・・・狭川、いる?」

返事はなかった。

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