第2話 不健全な商売

 商人の朝は早いなんて言われますが、あたしの生活は昼夜逆転なもんですから、日が落ちる少し前にようやく起き出す毎日です。寝坊なんてした日には、沈みゆく夕焼けの真っ赤な光を浴びてようやく目が覚めることも。あれは実に焦りますね。

 ご紹介が遅れました。あたしはアルヴェリオ。ご縁があって、商人の町、ノクタリアで店をやらせてもらってます。この町で買えるものといえば、どれもこれも冒険の役に立つような代物じゃありません。魔物をなぎ倒せる剣も、竜の吐く炎を防げる盾も、なんにもありはしませんよ。どちらかというと庶民のためのマーケットですな。

 だけどなかには掘り出し物もございます。例えば市場がある大通りから一本脇道に逸れたところを、さらに地下に下っていくと出てくる骨とう品店。あそこには3代目の魔王がお気に入りの侍女に贈ったという、おんぼろの笛があります。噂ですけどね、あれここいらじゃ一番高価な商品だそうですよ。なんでそんなに価値があるのかって?どうにもあの笛、人の骨で出来てるそうなんです。しかもただの人じゃありませんよ。あの時魔王が返り討ちにした、北の国の勇者様の骨なんですよ!驚きでしょう?それを侍女に贈るってんだから、魔王も趣味が悪いですよねえ。ところで今の魔王って何代目でしたっけ?確か10…、いや12?魔王も世襲制なんですな。どうりで世の中が平和にならないわけです。

 黄昏時になると、お客様が市場をうろつき始めます。半分以上が地元か隣町のお客様。あとは旅行客と、残りが冒険者の方ですな。

 あたしの店は『ルクサモリス』って店名でしてね。知る人ぞ知る隠れ家的なお店ですよ。立地もちょいと分かりにくい場所にあります。市場の中ほどにある青果店の裏側。大の大人なら体を横に向けないと通れないほど狭い階段があるんですが、ここを降りた先の半地下にルクサモリスはございます。なにぶん表立ってできる商売じゃございませんからね。扱ってる商品は、どれもこれも淫靡なアイテムばかり。ラブポーションに催眠の指輪。映った相手の衣装を透かせる、幻惑の鏡なんてものまで取り揃えております。

 いやあ、商工会に出店の申請をするときは苦労しましたよ。表向きは雑貨屋ってことにしたんですが、商品を見せろと言われて尻込みしましたね。幸いにして商工会の会長がおいぼれの爺さんでして、こっち系のアイテムに詳しくなかったのが救いでした。

 

 おや、本日1人目のお客様がいらっしゃったようです。古い階段ですから、誰かが踏むとすぐに軋んで分かるんですよね。しかしこの足音…。ずいぶんと柔らかい。男性のものじゃございません。最近は女勇者様も増えてますし、それか隣町の踊り子かもしれませんね。女性客は比較的珍しいもので、週に3人程度といったところでしょうか。

 「昨今の男はどうなっている!」

 開口一番に世間への不満をぶちまけるとは、ずいぶんと色々溜まっておられるようだ。

 「これはこれは、サキュバスのお嬢様。御無沙汰しております。本日は何をお求めで?」

 サキュバスのお客様は珍しいというか、開業以来この方しか来ていません。名前はフィオナ。本来であれば人間の街に魔物は立ち入れないはずですが、ノクタリアはセキュリティをあえて甘く作ってあるんです。というのも、人間相手だけじゃ商売も頭打ちですからね。魔物にも需要があると分かれば、取れるところから金を取ろうという魂胆です。もちろん危険な魔物は入れないように結界が守っておりますが、多くの人外がわりと自由に出入りできるのがノクタリアという町なんです。

 「私は人間の男がいないと生きれない。それは知っているだろう?」

 「男の精気を吸い取って糧にしてるわけですもんねえ。サキュバスってのはそういう種族と聞いておりますよ」

 「ただの男じゃダメなんだ。精気溢れる男じゃないと!」

 フィオナはずいぶんと荒れておられる。長い爪を店の壁に食い込ませて、ガリガリと引っかいている。その壁、あまり丈夫じゃないのでやめていただきたいんですが。

 「探せばいくらでもいるでしょう。今だって10代目魔王討伐にたくさんの勇者様が向かわれてますよ」

 「12代目だ」

 「あらそうでしたか。しかし勇者様なら男らしさは十分。精気だってたっぷり吸い取れるでしょう」

 「足りないんだ!昔と違って世の中は変わってしまった。なよなよした男が増えまくってるだろう⁉まるで僧侶みたいな見た目の戦士だっているじゃないか」

 確かにフィオナの言う通り。昔ほど血気盛んな男性は少なくなった気がします。あたしが生まれたのは今から50年ほど前ですが、そのころはまあ凄かったですよ。町でも窃盗などの犯罪が横行してましたから、商人も皆筋骨隆々。不届き者を亡き者にするために鍛えていたものです。

 しかし今は平和になりましたからね。魔王だって庶民の生活にまで干渉してきません。人間側の魔力と技術力が上がったもんですから、返り討ちにされる事を恐れてるんでしょうね。そして平和の代償が、腑抜けきった男どもというわけです。

 「どこを歩いても女々しい男ばかり!昨日だって1人襲ってみたんだが、私が首に爪を立てただけで泣き叫ぶ始末だったよ。それから接吻をして精気を吸い取ろうとした。けど一瞬で終わった。そう、吸い取ろうにも精気が全然無かったんだよ」

 「そりゃあ残念でしたねえ。ま、世の流れってやつですよ、フィオナさん。そろそろ精気じゃなくて、普通の食べ物で生きていけるように変わられては?」

 「サキュバスの誇りにかけて絶対にしない!変わるべきは人間の男どもだ!」

 相変わらず身勝手なこと。だから種族が減ってきてるんですよ。環境に適応しないと魔物だって生き残れない時代なんですから。

 「しかしフィオナさん。ルクサモリスに来たのは正しい判断ですよ。ここにはあなたの欲望を満たせるアイテムがございますから」

 フィオナの目が輝いた。さて、商売の始まりだ。

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