お愉しみの魔法

遠海 流

第1話 旅立ち前にはご準備を

 腹が減っては戦は出来ぬと言いますが、腹いっぱいでも勝てるとは限りません。人間には3大欲求ってもんがありましてね。食欲。睡眠欲。そして性欲ですよ性欲。この3つが満たされてなきゃ、勝てる戦も勝てやしません。ことにこれから恐ろしいモンスターの討伐に向かわれる勇者様。あなたそれじゃ戦闘になりませんよ。

 確かに装備の質は上々。北の国で採れた丈夫な鉄鋼と、竜のうろこで出来た立派な鎧とお見受けします。この辺りじゃなかなか手に入らない代物ですからね。並み大抵のモンスターの攻撃なんぞ、蚊が止まったようなもんでしょう。守りは十分。それにお持ちの武器も素晴らしい。大岩さえもまるでバターのように斬れると噂の剣じゃありませんか。どこでそんなものを?はあ、オルフェルナの街で。あたしは行ったことありませんね。なんせ根っからの商人なもんですから。

 ここはノクタリア。商売の街ですよ。言うなればあたしら商人の根城です。そいで勇者様、立派なものをお持ちなのは十分に分かりました。昨晩は宿でぐっすりお休みにもなられたようで、体力もバッチリ。ですが性欲は…

 ああそうですよね、申し訳ない。こんな美しい僧侶様の前であたしったらお下品な言葉を。そいじゃ別の言葉に言い換えましょう。

 最近ご無沙汰じゃあありませんか?過酷な戦闘に長旅をされてきたんです。満たされる暇なんて無かったでしょう。ああ僧侶様、そんな怖い顔をなさらないで。パーティーの紅一点である僧侶様に魅力がないなんて言いたいわけじゃないんですよ。ただ勇者様があなたでは満たされなかったと。そう言いたいだけなんです。どうかそのでっかい杖をお収めください。最近の僧侶は回復魔法だけじゃなく、攻撃魔法も得意だと聞き及んでます。店内で撃たれたらたまったもんじゃありません。

 さてさていったん僧侶様には席を外して頂くとして…。勇者様、こちらをどうぞ。ああ気を付けて持ってくださいね。ガラスの瓶ですから、落としたら大変なことになります。中身のいやにピンクががった液体は何かって?よくぞ聞いてくれました。こいつはラブ・ポーション。洒落た言い方してますが、要するに媚薬ってやつですよ。

 おっ、顔つきが変わりましたね。勇者様も男だ。気になるでしょう。こいつは媚薬の中でも上ものでしてね。なんでも吸血鬼の城の地下で貯蔵されてたものを、凄腕の吸血鬼ハンターが盗んできたそうですよ。生娘の生き血を300年熟成させないと作れないらしいです。こいつを盗んできたハンターから聞きましたが、吸血鬼のほうも取られまいと必死だったみたいですよ。その時の戦闘たるや、1500年前の魔法大戦争に匹敵する壮絶さだったとか。しかしどうして吸血鬼が媚薬なんてもの作るんでしょうか。あたしには分かりませんが、とにかくこいつは本物。どうです勇者様。おひとついかがです?

 効果のほどですか?あたしも実際に使ったわけじゃありませんから滅多なことは言えませんがね。人間の女性なら、どんな相手でもたちまち虜にしてしまうんだとか。相手の感情なんて関係ありません。媚薬ってのはそういうもんですから。例えばあなたのパーティーの僧侶様。艶やかな黒髪と、柳のようにしなやかな腰つきが素晴らしいですが…。

え?やっぱり狙ってる?はは、そりゃあそうでしょうね。先ほどの顔つきを見てピンときましたよ。

 人間以外にも効くのかって?まあ吸血鬼の魔力は凄まじいですし、ある程度のモンスターには有効なんじゃないでしょうか。しかし勇者様、それは一体どういう意図の質問ですか?

 …ああ、人魚の入り江で別嬪さんと出会ったと。あなたも物好きですねえ。人魚なんて半分魚、しかも大事な部分が鱗と尾ひれで台無しじゃないですか。それがいい?まあ深くは詮索しないでおきましょう。とにかく薬は人間以外にも効くと思いますよ。人魚でもゴーストでもなんでも好きにして下さい。

 それでお値段のほうなんですがね。金貨50枚ってとこでいかがです?高いですって?そりゃないですよ勇者様。あたしの話を聞いてなかったんですか。こいつは貴重な媚薬なんです。50でも安いくらいだ。大体あたしら庶民にとったら金貨1枚でも3年は暮らせる大金なんですが、勇者様はがっぽり稼いでるでしょ。王様からの助成金もありますし、魔物からかっぱらった金貨もある。ケチケチなさんなよ。50くらいポンと出せるでしょう?

 はい交渉成立。話の分かる方で助かりましたよ。そいじゃこちらが例の媚薬です。ああ言い忘れてた。300年前の生娘の生き血ですから、相当に濃いです。飲ませるときは水かぶどう酒に混ぜて下さいね。くれぐれも原液で飲ませたり、過剰な量を飲ませたらダメですよ。水に混ぜるなら一滴で十分です。用法用量を守ってお使い下さいね。これを守らなかったら知りませんよ!

 それじゃ勇者様御一行。良い旅を。

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