婚約破棄された聖女様は撚りを戻したい
確門潜竜
第1話 撚りを戻してあげてもいいわよ。いいと言っているのよ。
「は~。疲れたな。」
王太子は、自分の執務室に入ると、長椅子の上に身を投げ出して、横になった。手足を伸ばして、
「全く、俺の気持ちも知らずにみんな文句ばかり言いやがって・・・。まあ、俺の自業自得なようなもんだしな・・・、自業自得って悪いことはしてないんだよな。」
と思っているとざわめきが、部屋の外から聞こえてきた。
「ん?」
ドタドタは足音、駆け足、しかも数人だとわかった、が聞こえてきた。ドアを開けるのに、ごとごとと手間どった挙句、荒々しくドアが開けられた。
「で、殿下。た、大変・・・ではなかった、吉報です。」
「せ、せ、聖女様が・・・。」
と男女の側近達が倒れ込む様に入って来た。
「は?」
という顔をしていると、唖然としてしまってそれしかできなかったのだ。回復しないうちに、彼らの後ろから、
「ちょっとどいて頂戴。」
と長身の女が入って来た。
「?」
「ちょっと、2人だけで話したいの、出て行って下さる。」
と言って、自分の前にいる男女に命じた。王太子が、頷くと、すごすごと彼らは不安と期待の入り混じった表情で部屋を出て、女を部屋に入れると、女は自分の部屋に入るように堂々と大股で入っていった。彼女の後ろで、扉が音をたてて閉じられた。
王太子はゆっくりとした動きで身を起こして、立ち上がった。女は堂々として態度で歩み寄った。女は冒険者の装備、軽装に鎧を着こんで、その上に白いガウン、聖女であることを示す、を羽織っていた。長身で、黒い見事な長い髪が優雅にたなびいていた。厳しいオーラを纏っていたが、顔は優し気な感じではあった。その前に立った王太子は、男にしては少し長く伸ばした黒髪、太く弾力のある髪だった、彼女よりも長身で穏やかな、整ってはいるが少し地味な顔立ちだった。
「お久しぶりだね。各方面で大活躍、順風満帆の君がどうして、哀れな元婚約者のもとにご訪問かね?まあ、お互い立ってにらみ合っていてもしかたがないね。座ってくれないか?」
「ええ、分かったわ、元婚約者の王太子殿下。」
彼女は、しかし、彼の言葉に従って対面の長椅子に座った。
「聖女様にお茶と茶菓子を持ってくるように。」
彼は外で聞き耳を立てているだろう家臣達に大声で命じた。慌ただしい足音。
ため息をついてから、
「どうしたというのかね?」
と再度訊ねた。
「そちらは大変なようですね。聖女である私との婚約を破棄して、他の愛する女を妻にして、私を追放して大変だったようですわね?」
また、王太子は、大きなため息をつくと、
「どうして君まで、そんな風に思っているとはね・・・。君が僕との結婚を嫌がっていたじゃないか?それに、もう聖女の務めは嫌だと言っていたじゃないか?それに、そんな女はいなかっただろう?」
「あら、そうでしたか?それで、苦労されているなんて大変ですわね。撚りを戻してあげてもいいですわよ。」
"なにを考えているんだ。しかも、上から目線で・・・。"
「順風満帆で大活躍している君に、そんなお願いなんかできないだろう。期待させて、揶揄わないでくれないか?」
「ちょ・・・待って、そうではなくて・・・。本当にあなたが望むなら、撚りを戻してあげてもいいといっているのよ。いえ、あなたが頼むなら、撚りを戻してあげますわ。」
「頼むほど節操がない、体面を気にしないほど、大物じゃないんでね。」
その時、ドアが開いた。二人分のお茶と茶菓子を持った侍女が入って来た。二人はしばらく黙った。彼女はそれを置いて、2人を交互にチラッと視線を向けて背を向けて部屋を出ていった。
王太子は、無造作に茶の入ったカップと菓子を手に取り、菓子の一つを口に頬り込み、茶を口に運んだ。聖女は静かにカップを取り、茶をすすり始めた。カップを置いた王太子は、
「それで本音は?」
「本音?」
彼女は、音をたてて立ち上がった。
「だから、撚りを戻してと言ってちょうだい?言ってくれれば撚りを戻します。」
「いいよ。無理はしなくても。」
「待ってください。王太子殿下。」
「は?」
彼女の表情が変わった。それに彼は驚いた。しかし、それではすまなかった。彼女が、身をかがめて彼の足下に跪いて、彼の足に縋りついた。
「お、お願い。撚りを戻してー!お願いー。」
「は?一体どうしたんだ?何があったんだ?」
と驚く彼に、
「もう頼りになるのは・・・助けて・・・何とかしてー。あなたしかいないの~。」
涙声。驚いてみると本当に泣いていた。
「お、お願いた、助けて~。」
"こいつが泣いて・・・しかも震えている?"
「いっ、一体どうしたんだ?」
慌てて、立ち上がり、身をかがめて、彼女を抱き起した。泣いている女は、泣きながら彼を抱きしめた。
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