火は燃えているか
……当時ね、ウチの近所は不審火が続いてたんです。まあまあな田舎でしたから、燃えたと言っても幸い空き家ばっかりだったんですけどね。当時はもう酷かったです。人の少ない田舎町で、一体誰がこんなことしてるのかって、近所の人も毎日その話題で持ちきりで、そうやって噂話をしている傍らで、実は目の前の人がやってるんじゃないかって疑ったりしてね。当時中学生の私でもわかるほどに、周りの大人たちが疑心暗鬼に陥っていたことを覚えています。当然、子どもたちの間でも似たようなことは起きていて、学校で嫌われてる子がきっとあいつがやったんだろうなんて後ろ指差されたりしてね。先生らも地元の人らばっかりですからね、なんというか、それを咎めるに咎めきれない感じでした。大人たちがそうなんだから、当然子どもたちもそれに影響されるよなあみたいな、そういう雰囲気で。
それで、いつだったかな。もう冬も近い頃です。当時仲の良かった……そうね、Cちゃんとしましょうか。その子と一緒に帰ってたんです。家がご近所でね、前は家族ぐるみで出掛けたりもしてたような子でした―ただ、彼女の親御さんが再婚されてからはご家族とは疎遠になりましたけど……。帰る道すがらの話題はその時はもう火事の話題一辺倒でね、私もCちゃんもどこそこが燃えただの誰々さんがその辺りにいるのが見られただの、盛り上がるというよりは、なんだかお互い段々うんざりした気持ちで愚痴っぽく大人たちの言っていたことを報告しあってました。こんなこと言ってたよ、それって前の話と矛盾してるのにね、みたいな感じで。―それで、その冬の近いある日、Cちゃんは朝から様子がおかしかったんです。毎朝、私がCちゃんの家の前を通るときにはCちゃんが家の前で待っててくれたのに、その日はCちゃんいなくって。戸を叩いたらCちゃんのお母さんが出て来てね、私を見てアッて顔をしてCちゃんを呼びに行ったんです。なんでも具合が悪いわけでもないのに家を出たがらないらしくて。でも私が来てるって聞いたCちゃんは渋々部屋を出て、結局一緒に学校に行くことになりました。
―それで、明らかに様子がおかしくて。なんだか怯えているようで、落ち着きなくきょろきょろしたり、話にも生返事で。流石にしびれを切らして、なにかあったのかと訊いたんです。そうしたら、Cちゃん立ち止まって、私の手を引いていきました。最初こそ驚いたんですけど、向かった方向で合点がいって。川沿いにあるベンチです。人の少ないところで、内緒話―大抵は恋愛話ですけれど―する時に使う場所なんです。学校に遅れるとも思いましたけど、彼女の尋常ではない様子にそれも強く言い出せなくて、取り敢えずベンチに並んで彼女が内緒話を始めてくれるのを待っていました。……その時、妙なことに気が付いたんです。気が付いたって言うほど高尚なものでもないんですけど、なんて言うんでしょう、予感がしたんです。今この町にはすごく良くないことが起きていて、その渦の中心がいまここにあるって。それくらい、彼女の纏う空気には言い知れぬ異様さがありました。
「私だったの」
彼女は不意に言いました。それはあんまりに突拍子のない言葉のように思えますが、私は当時、ちゃんとその意味を捕らえられていたように思います。この出来事の中枢にいるのはやはり彼女だったのかと。天啓とでも言うんでしょうか。
「私を探してるんだわ、あの子」
それから、「あの子」について彼女はぽつぽつと話し始めました。小学校に上がる少し前に、彼女は自分と同い年くらいの泣いている男の子の世話をしたことがあったって。その子は小さなぬいぐるみを探していて、Cちゃんはそれを手伝ってあげたんですって。それがいけなかったんでしょうね、その子とCちゃんは仲良くなって、その日日がな遊んだらしいです。お察しの通り、その子はヒトではなかったようで、別れ際にきっと迎えに行くからその時には大きな火を点してほしいと言われたそうです。……そりゃあ、信じられませんでしたよ。でもCちゃんはそういう冗談をいう子ではありませんから、半信半疑、でも大人たちの鬱陶しい疑心暗鬼にも疲弊していたころでしたから、面白く感じていたのも正直なところです。ただ、私はこの時この話の意味を正しく理解しきれていなかったので―だからこそあんなことが起こったんでしょうね。その日は私がCちゃんを宥めて、二人して遅刻しつつも登校しました。
―けど、次の日からCちゃんは来なくなりました。Cちゃんの家の人に訊いたら、急にいなくなったって。私にCちゃんから連絡があればすぐ知らせてくれとも言われましたが。それから―その日からです。火災は連夜続きました。それも、愈々人の住む家にさえ。町の消防団は連日駆り出されて、みんなも常に気を張っちゃう感じになって、町がどんどん疲弊していったのを覚えています。加えてCちゃんの行方不明もあったものだから、中学生にもなって集団登下校するように言われたりね。
ええ。私はその頃にはもうなんとなく分かっていました。何が起こっているのか。そりゃあ責めましたよ。私が気付いていたら、気付いて、あの日誰か―大人に相談できていたら。でもそのもう遅かったんです。
その夜、火災が連続して発生しました。少し離れたところで、10分ほど間を開けて二件。ええ。一件は消防団がどうにか消し止めましたけれどね、もう一件は間に合いませんでした。火はもはや堰き止められぬほどに隣家へ隣家へと広がり、私の家のはす向かいの彼女の家もその海に飲まれていくのを、私は親に家から連れ出されながら夢でも見るように目にしました。幸い私の家は燃えませんでしたが―私、あの時見たんです。彼女の家の、もう今にも崩れそうな玄関口に、Cちゃんが立ってました。でも親に腕を引かれてましたから、声も掛けられなくて。それで―私、直接見たわけじゃないんですけどね、影を―見たんです。夜中だっていうのに火のせいでその夜は随分明るくて、私たちは火を背に逃げるわけですから、影が伸びてますよね。その間に、サッと空に向かって消えていく、大きな生き物の―羽の生えた生き物の影を見たんです。まあ、見たのはどうも私だけのようでしたから、誰にも打ち明けることはなかったんですけどね。
―その影にハッとして振り返ったら、もうCちゃんはいませんでした。連れて行かれたんだなあと、なんだか当たり前のことのようにそう思ったことを、今でもよく覚えています。
ええ、それからは火災も起こらずで。……もちろん。犯人が捕まることはありませんでした。私が何を言っても、どうなることもありませんから、私がこの話をしたのは初めてです。だって犯人は―Cちゃんは、もう人間の手の届かない遠いところに連れて行かれてしまったんですから。そのために―……迎えに来てもらうために彼女は火を着けたわけですから。
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