第5話

「学芸会って言った。私の事を」

帰りの車の助手席で寧々は拳を震わせていた。

「いっちゃん、私、劇団月に入る。

そこで本番まで撤退的に稽古する。

二度とあの人に学芸会なんて言わせない!」


矢野は久々に劇団あすかにきていた。

矢野には近頃、演出の話が来ていた。

だが矢野には役者としてまだまだしなければならない事があると思っていた。

だがその日演出家の黒木が体調を崩し

演出を担当するものが居なかった。

「一色、頼むよ。今日だけでいいからさ」

矢野は着ていたセーターを脱いだ。


「ダメダメ、そこもっと丁寧に!こう言う感じで」

矢野が台本を片手にその場面を演って見せる。

目の動き、表情の豊かさから心の機微が現れている。

「今みたいな感じで演ってみろ」

劇団あすかは矢野が8歳の時からいた所であ

る。何度も舞台で主役も務めている。

「少し走り過ぎだな。もう少し情感を込めて」


その頃、劇団月でも寧々の厳しい演技指導が行われていた。

「その時、綾はどんな気持ち?言葉じゃなくて演技で演って見て!」

もう寧々の指導は5時間続いていた。

「顔の表情が死んでる!もっと豊かに!」

休憩時間に入り、寧々は息を切らしながらスポーツドリンクを飲んでいる。


「厳しいわね。役者に向いてないのかしら」

演出家の山城から矢野に電話があった。

「表情が硬いのよね。それに声の抑揚もない

し、モノになるのにはかなりの時間がかかりそうよ」

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