ラスト・ヒストリー

原充担

第1話 悪夢は現実と同じように

酷いニオイだ。

辺りは砂埃で何も見えず、ただただ鉄臭い血の匂いがする。


いったい、どれほどの人間が死んだ?


先程の爆音から逃れられた人間は、どれほど居たのだろう?


リーナは、痛む右腕を抑えながらヨロヨロと立ち上がった。

右腕を見ると、何か鋭いものが突き刺さっていた。先程の爆風で飛ばされてきた小枝だろうか、それともガラスの破片だろうか。

それを確認する術も、気力も、今の彼女には無かった。頬を流れ落ちる生暖かいものは、血だろうか、涙だろうか。それともあるいは両方か。

ボロボロの身体で、リーナは歩き出した。確か近くで仲間達が活動していたはずだ。


(……誰か、居ないの…?)


砂埃はまだ晴れない。

リーナは、朧気な輪郭を掴みながら移動するしか無かった。

そして何かを見つける。地面に倒れ伏すようにして転がっているは人間の死体だと理解するのに、時間はかからなかった。

「……ッ」

自分の仲間ではない。しかし、自分達が守ろうとしていた人間のうちの1人なことには違いなかった。

「ごめんね、守れなくて……」

リーナは、そっとその死体の側に寄り添う。涙が止まらなかった。

その死体は身体の一部が欠損してしまっているが、恐らく体格的に子どもだろう。

未来があったはずの子どもだ。紛争中のこの地域でも、何とか前を向いて歩こうとしていた子どものうちの1人だ。


リーナは悔しさに嗚咽する。

そして、砂埃の中に淡い光が差した。思わず光が差した方向に目をやる。すると、また1人誰かが倒れているのが目に入った。

すぐ隣にあった子どもの死体を一瞥し、そして目を伏せて光差す方向へと歩き出す。


──────だが、その先で見た光景は"闇"だった。


「……っ、あ、あぁ…」


思わず声が漏れる。

地面に倒れ伏したその人物は、とあるジャケットを着ていた。そのジャケットは、今ミーナも着用しているのと同じものだ。

血に濡れるジャケットの背中には、鳥の模様が描かれた紋章と、とある言葉が小さく刻まれていた。


【国際ダンヤン管轄部隊】


その言葉を見た瞬間、リーナの息が止まった。

地面に倒れ伏しているその人物の顔は見えない。しかし、リーナは確信していた。


「ねぇ、起きて……起きて、カルナ……」


それは、同僚で1番仲の良かった少女の無惨な姿だった。

思わずカルナの肩に触れる。カルナの血がべっとりと手に付く。

それでも、リーナは構わなかった。ただただカルナに振り向いて欲しかった。

しかしそれは叶わない事だとわかっている。

カルナの状態は酷いもので、もう既に息を引き取っていることもわかっていた。

でも、それでも、彼女の肩を揺さぶるのを止めることが出来なかった。


彼女の死を、受け入れたくなかった。


「なん、で……何でなの……? どうして、こんなこと……」


心が痛い。

腕の痛みなんて気にならなくなるほど、ずっとずっと心が痛い。

とめどなく溢れていく涙は、もう誰にも抑えることはできなかった。





────────────────────────




いつまでそうしていただろう、気がついたら見知らぬ天井を見つめていた。


「……え?」


思わず飛び起きる。

咄嗟に右腕を庇うが、痛みがない。

不思議に思い、右腕を見てみると傷が跡形もなく消えていた。


事態を飲み込めずにキョロキョロと辺りを見渡すリーナに、笑い声がかかった。


「あっははは!どうしたの、リーナ?寝ぼけてるの?」


その声に、目を見開く。

ずっと聞きたかった声だ。

その声を辿ると、同じ部屋で生活をしている仕事仲間のカルナが立っていた。

彼女はその茶髪をポニーテールに結びながら、明るく問う。


その姿を見た瞬間、リーナは自分のベッドにへなへなと座り込んでいた。

足に力が入らない。


(よかった、あれは夢だったんだ……本当に良かった……)


そのような思いで、胸がいっぱいだった。


カルナは「も〜、どうしたの〜?」と言いながらジャケットを着て、リーナの顔を覗き込む。

カルナの瞳に写る自分の顔は、酷いものだった。よく眠れていなかったのだろう、隈も色濃く残っていた。あんな悪夢を見たのだから当然か。


「いや……何でもない!今日も仕事だもんね、早く準備しなきゃ」


リーナは自らの頬を両手で叩いて気合いを入れ、ベッドから立ち上がる。


「無理しないでよー?」

カルナは少し心配そうにリーナを見つめたが、リーナはそれに気が付かない振りをした。


(あれは夢だった。嫌な夢。もう忘れよう)


そう、あれは悪夢であの子どももカルナも生きている。

リーナは鏡の前に行き、自らの顔を見つめた。


(でも───)


臆病そうな瞳にかかる長い黒髪が、鬱陶しかった。

それを払い除け、耳にかける。


(この先、何が起こるか分からない。悪夢が現実にならないように、私は行動すれば良い)



リーナは今日もジャケットを羽織る。

あの紋章と、人の命を背負うように。

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