第2話


 美容院に行って、思い切り短く切ってもらった。と言っても肩より短くするのは勇気が出なくて、肩のラインで切り揃えてもらった。

 ずっと長かったので、ここまで短くしたのは初めてだ。頭が軽くなったような気がする。きっとシャンプーも楽ちんだろうな。


 出社して、すれ違った人たちには「切ったんだ!」「ばっさりいったね!」「可愛いね」と声をかけてもらった。先輩にも可愛いと思ってもらえるだろうか。少しでも今井さん――先輩が好きな人に近づけているだろうか。


「おはようございます」

「おはよう、たぬ……き、お前髪の毛どこやったんだよ!?」

「どうですか? 思い切って短くしてみました」

「何で? 何で切ろうと思った?」

「別に理由なんて、ないですけど……」


 先輩はあまりよく思わなかったみたい。やはり私と今井さんとじゃ次元が違いすぎるのだろう。なんだか滑稽に思えてきた。


 他の人に「可愛いね」と褒められても気分は上がらない。褒めてほしかったのは先輩ただ一人。切らなければ良かっただろうか?


 心が沈んだまま一日が終わる。


「お疲れ様でした」

 

 先輩はこちらを見てもくれない。


「お先に失礼します」


 会社の外に出ると、鼻の奥がツンと痛んだ。泣くなら家まで我慢しなきゃ。


「おい」


 先輩の声? まさかね……


「貫田、待って」

 

 腕を掴まれる。振り返ると先輩が息を切らしていた。


「あれ? 私何かミスしてました?」

「時間ある?」

「ありますけど?」


 腕を掴まれたまま引っ張られる。

 先輩の手は思っていたよりずっと大きい。それに熱い。私の腕まで熱が移ったように火を宿している。


 先輩は黙ったまま線路を越えた。藍空に光の粒が輝いている。

 河川敷まできて、先輩の足がやっと止まった。


「ねえ、髪切ったのって、この前の飲み会で言ったことのせい?」

「それは……別に」


 無関係ではないけど、そんなこと先輩に言えない。


「貫田のポニーテールが好きなんだけど」

「え?」


 好きって何? 

 心臓がバクバクする。先輩に聞こえてないかな?


「他人の言葉に左右されるなよな……」


 先輩の瞳にも星が見えた。


「今も可愛いけど、……貫田はポニーテールの方が似合ってる。可愛いなって、毎日見てたのにさ」


 先輩それってどういう意味ですか?



〈了〉

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好きな人の好きな人 風月那夜 @fuduki-nayo

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