好きな人の好きな人
風月那夜
第1話
入社して一年。年度末に行われた会社の飲み会では意中の人の隣の席を見事に手に入れた。
嬉しくてお酒がすすむ。
「貫田ちゃん、こいつに相当しごかれたでしょ。この一年で辞めたいって思わなかったの?」
「いいえ! 厳しくご指導いただきありがとうございました!」
隣を見上げて、にこっりと笑う。
「お前らもう酔ってんだろ?
「あーー」
私の指導係だった先輩により、手に持っていたお酒が抜き取られて別のテーブルに放逐されていく。
「私の梅酒……」
「
先輩が店員を呼んで烏龍茶を注文した。
「っていうか、私の名前『ぬきた』なんですけど、いつになったら『たぬき』呼びやめてくれるんですかー?」
入社してすぐ、「貫田です」と挨拶した私に向かって先輩は「たぬき?」と真面目な顔で返したことを今でもよく覚えている。たぬきと呼ぶ先輩が指導係になったことは不幸の始まりかと思ったが、そうではなかった。働く姿に尊敬し、いつしか惹かれ、好きになっていた。
「あ、今井さん。お疲れ様です!」
「遅くなりました、すみません。皆さんお疲れ様です!」
社内一の美女、今井さんがやっと来たと、男性陣の鼻の下が伸びていく。
パンツスーツが良く似合い、ショートボブが彼女の知的さを引き出している。できる女とは、今井さんのような女性を示す言葉だろう。同じ女としても憧れる。
「貫田ちゃんは知ってたっけ、こいつの指導係が今井さんだったって」
「そうなんですか!」
初耳だ。
「今井さんのこと好きだったよな!」
「こんなところで言うなよ」
先輩が今井さんを好き?
そっか……。
胸の奥がぎゅうっと痛くなる。
「でも今井さんは高嶺の花すぎて告白できなくて、代わりに髪の短い女性と付き合ってたことあったよな?」
「お前もう黙れって」
先輩は髪の短い女性が好き?
私の髪は腰まで届くほどある。長い女性は嫌いですか?
その辺にあったコップを適当に取る。酒は半分以上入っていた。それを勢いよく喉に流し込む。
「それ俺のビール!? もう呑むなって言ってるだろ」
先輩に空になったコップを取り上げられた。
「あーー」
「あーじゃない。本当にお前は手がかかるな」
たまに今井さんが先輩に『あれどうなった?』って聞いていたのが羨ましかった。『あれ』で通じる関係は、私たちはまだ築けていない。
「えー。じゃあ、4月からも指導係続けてくださいよ」
「一年間で終わり。卒業。ひとり立ちしてくれよな」
私がむくれる横で、先輩は大きなため息を吐いた。
もっと先輩に見合う女性になりたいな……。
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