9回目の夢

山田貴文

9回目の夢

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 なぜわかるかと言うと、9日連続見たからだ。夢は目が覚めるとすぐ忘れてしまいがちだが、これも9日連続だからしっかり覚えている。


 夢の内容はこんな感じだ。


 私はベッドで最期の時を迎えようとしている。これまでの人生では一度も結婚せず、当然ながら子供もいない。全然もてなかったわけではなく、それなりに異性との交流はあったが、いつもいろいろあって結婚に至らなかった。


 仕事は普通の会社員。特筆すべき業績は何もない。会社は金をもらうところと割り切り、クビにならない程度に働いていた。


 趣味はやりたいことを全部やった。国内、海外の行きたいところはすべて訪れたし、ありとあらゆるおいしい物も食べた。定期的にジムへ通って体を鍛え、本や漫画をたくさん読み、数え切れないほどの映画やドラマを堪能した。


 でも、それが何だ。全部一人だ。私一人が楽しんだだけだ。こんなことに何の価値がある?私は世の中を何も変えなかったし、自分以外の誰も幸せにすることができなかった。


 私は何のために生まれてきたのだ?両親は私がこんな意味のない人生をおくるために苦労して育て上げてくれたのか?


 猛烈な後悔が私を襲った。今から何かできることはないか?死の床についている私は必死に考えた。慈善団体に財産を寄附するにしても貯金はほとんどなかった。遊び呆けて使い果たしたからだ。もちろんゼロではないが、最低限の病院費用と葬式代ぐらいは残しておかないと遠い親族に迷惑がかかってしまう。


 やばい。何もできない。本当に人生を無駄にしてしまった。もうおしまいだ。


 ここで目が覚める。


 この絶望的な夢は天の警告かもしれない。私は残りの人生を何とかしなければと3日目から真剣に考え始めた。


 残りの人生でできることは何か?仕事、貯金、政治、ボランティアと少しでも人の役に立つことを考え、すぐにできることには着手した。


 3日目から行動を起こしたとはいえ、それでも9日連続この夢を毎晩見続けたのだからたまらない。まだまだ努力が足りないのだと焦った。


 そして10日目。また同じ夢を見るのかと思ったが、違った。気がつくと、私の枕元に天国の役人と称する男が立っていた。


「おつかれさまでした」


「えっ?」


「これであなたの人生は終わりです」


「どういうこと?」


「本当に死の床についていらっしゃいます」


 思い出した。年老いた私は静かな最期を迎えようとしていたのだった。


「あなたは亡くなる直前にやばい、自分は人生で何も成し遂げなかったと後悔する夢を9日連続見る夢を見ていたのです」


 混乱してきた。夢見る夢を見ていたなんて。


「待ってくれ。本当に私は何もしなかったんだ。自分が楽しむばかりで、何一つ他の人を幸せにしてこなかった」


「はい。予定通りです」


「意味がわからない」


「あなたは前世、前々世、前々前々世、さらにそのずっと前から自分を犠牲にして人々のために尽くしてきました。つまり、たくさん徳を積んできたのです」


「そうなの?」


「あなたはあまりにがんばり過ぎた。だから、今回の人生はこれまでがんばってくれたことへのご褒美です」


「ご褒美?」


「大きな責任を背負わず、たいしたストレスもなく、やりたいことをたっぷりやった楽しい人生だったでしょ?」


 馬鹿にされているような気がしたが、事実だった。


「いわばバケーションですよ」


「・・・・・・」


「ただ、今回で徳を積んだポイントは使い果たしていますから、次はまたちょっと苦労していただきますけどね」


 ポイントかよ。


「9回連続の夢にはどんな意味があったんだい?」


「あれはリハビリです」


「リハビリ?」


「面白おかしく過ごした今回の生き方を当たり前と思ってもらっては困ります。これはあくまでもボーナスタイムであり、例外です。だから危機感をしっかり覚えて次の人生に備えていただくため、繰り返し同じ夢を見ていただきました」


 悔しいけど、筋は通っている。俺の人生はボーナスタイムだったのか。


「ちなみに来世、私はどんなことをする予定なの?ちょっと教えてよ」


 駄目もとで訊いてみたが、意外にも役人は手元のノートをめくりながらすんなり教えてくれた。


「次は兵隊ですね。実際に戦争に参加します。たぶん最前線」

                                  (完)






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9回目の夢 山田貴文 @Moonlightsy358

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