終章 あなたを愛す理由

第14話

ロッカにおぶられ、家まで送られたリコリは。叱る父と泣く母、そんな2人の様子に戸惑っている弟に、誠心誠意謝った。ロッカもまた、一緒になって謝ってくれた。


 家族も村のみんなも――それこそ、ロッカ以外で姉の死に直面した人全員――リコリに、あの花畑に行ってほしくないと言うことができないでいた。リコリが本当に姉が大好きだったことを、覚えていたから。






「……」


 それから、1週間が経った。リコリは今、水色のやわらかな色彩にあふれる、あの花畑にいる。


 この1週間は、家族や村の人達の為に大人しくしていたが、ひとつ、ここでやりたいことがあったのだ。……この花の咲く季節が、終わる前に。


 今日も天気がいい。空を泳ぐ薄雲。遠くに移る雪を被った峰々。見下ろせば北の森も小さく。それらの景色のどこに目をやっても、軽やかに風に舞い上がる水色の花びらがある。


「……おねえちゃん」


 自然とこぼれ落ちた。姉は――アイヴォリーは、この花のように、ふとした時に自分の心に映るのだと、ふと思った。それが例え、どんなに悲しい結末でも。


「……あたし、楽しかったよ」


 微笑むリコリの頭には、いつもの白い帽子はない。ただ、濃茶の肩までの髪が、風に揺れるだけ。


 両手には、空にも見劣りしない青の花びら達。名もなきこの花を、ちぎったのではない。風に簡単に飛ばされる花びらを、そこら中からかき集めて今、両手で抱きしめている。


「ありがとう」

 空へと背伸びをするようにして。


 リコリは、両手を空へと広げた。


 ぶわりと、花が舞い上がる。


 それはまるで、姉への贈り物のようであり。


 これから先の、自分の未来のようであった。


 10年前から立ち止まったままの、自分の1歩目が。


 ここからはじまるような。


(……そうだ)


 リコリは晴れやかに、遠くへと飛んでいく花びら達を見上げた。


 ――未来はまっさらなのだと。






「あっ、リコリ!」


 涙を瞳いっぱいににじませた妹は、少女の制止も聞かず走り出してしまった。咄嗟にその小さな背中を追いかけようとした少女であったが、急いで足を止めた。


「また来るわね」


「……」


 しかし木の根元に寝転んだままの少年は無反応。少女は気にせず、幼い妹を追いかけようとした。しかし走りかけた少女を、今日一言も発さなかった声が引き止めた。


「――放っておけば」


 少年の声だった。少女は思わず、足を止めてふり返った。


 少年は相変わらず、寝転んだままだった。


「自分の思い通りにならなくて、いじけてるだけだろ」


 ガキの駄々に付き合っても疲れるだけ、と。少年は、投げやりな口調で言った。


「……」


 少女はそんな少年を、じっと見つめた。青空を映し取ったような湖面色の大きな瞳が、怒りも、驚きも、戸惑いも見せず、ただ少年の真意を探っていた。


「……そうね、確かにそうなのかもしれない」


 やがて少女は、そう口にした。


「でも、それならなおさら追いかけなくちゃ」


 少年はそこで初めて、少女を見た。


「けんかができる内が花だもの」


「その内、あんたの方に限界が来るんじゃない」


 少年は、うそを見逃すまいとするようにじっと見つめてくる。少女は、いつも浮かべている微笑を、ふっと消した。


「……そうなる日が、来ないとは言えない」


 少年が、「ほらな」と言うように嘲笑う気配を見せた。しかし少女は先手を切った。


「もしかしたら、わたしと妹と誰か男の子で、三角関係になってしまうかも」


「ドロドロしてそう」


「……それでも」


 妹のわがままに付き合い切れないと、いつか限界が来てしまっても。今自分が言ったように、恋が絡んでしまったとしても。


「わたし、妹のこと好きな自分しか、想像できないわ」


「……」


「もしわたしがカリカリし出したら、このこと持ち出していいわよ」


そうして少女は、とびきりの笑顔を見せた。


「また来るわね。妹と一緒に」


 そうして、豊かなお日様色の髪を翻して、駆け出した。大好きな妹の元へ。






 水色の花びらは風に乗る。どこまでも、どこまでも。

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