小話集
碧海 蝶(卯月 てふ)
銀杏
ふわりと鼻先を何かの香りがかすめた。
何の香りだろう?
花……?ちがう……。
ああ、そうだ。これは銀杏だ。懐かしい……。
ふと目を上げると、目の前に続く道のわきに銀杏がぽつぽつと落ちていた。
懐かしい、銀杏の実。
これが大好きで、落ちているのを見つけるといつも口に入れ、その味を楽しんだものだった。
目の前に落ちている銀杏は懐かしむべき、思い出のもの。
だが、目の前に続いている道は決して懐かしいものでもなければ、記憶にあるものでもなかった。
ここは……?
知らない場所。知らない匂い。唯一知っている銀杏の香り。
まぁ、いいか……。
深く考えるのは止めにする。
思い出の通り、道のわきに落ちている銀杏の実を口に入れながら、ゆっくりと歩を進めていった。
いくつの銀杏を食べたのか。
夢中になって食べている内、どんどん奥へ来てしまったようだ。
次の銀杏が最後の一粒。
パクと口に入れ、ゆっくり味わう。
そしてコクリと飲み下すと、とたん、ぶわっと強い風が吹いた。
思わず目をつむり、飛ばされないよう足を踏ん張る。
――風がやんだ。
すると、カサと落ち葉が音を立てた。
風は止んでいる。
自分はまだ動いていない。
風のせいで葉が落ちたのだろうか。
いや、それほど軽く、やわらかいものの音ではなかった。
では……何か。
恐る恐る目を開けてみる。
そこにいたのは――。
白一色を身に纏った中性的な出で立ちのヒト。
恐怖は一瞬で消え失せた。
目が合うと、ふわりと笑顔を見せた。
「いらっしゃい。よく来たね。君を待っていたよ」
その口から紡がれたのは歓迎の言葉。
何のことかわからず、混乱して何も言えずにいると、ヒトが再びふわりと笑った。
「混乱しているね。私はここの神々の内の一人。この社が私の家だ」
「カミ……サマ?」
長い間使っていなかった喉からはかすれて小さな声しか出なかった。
それでも、その小さな声をひろったカミはうれしそうに頷いた。
「ココノ……?」
カミの言葉を口と頭で反芻しながら周りを見回す。
そこは先ほどまでの銀杏林ではなかった。
大きさも形も様々な造りの社が所狭しと並んでいる。
そんな中自分がいたのは一つの小さな社の前。
これがこの目の前のカミの家なのだろうか。
小さな社と白いカミ、それぞれの間で二度ほど視線を行き来させる。
それを見たカミがまたふわりと笑った。
「そう。これが私の家だ。小さいだろう?」
コクリと一つ小さく頷く。
「正直だね。けれど、だからこそここへ導かれたのだろうね」
今度は声を出して短く笑うと、手を差し出してくる。
「私は君を待っていた。我が守護者たる資格を持つ者。やっと出会えた。さあ、一緒に行こう」
守護者……?資格……?何の事だろう?
わからない。
だけど。
「やっと出会えた」
これは今の自分の感情を的確に表したものでもある。
この人は自分のことを必要としてくれている。
そして、自分も、この人に会うためにここまで来たのだと、今はっきりとわかった。
ならば、とるべき行動は一つ。
「はい」
差し出されていたカミの手をとった。
fin.
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