ここいる、そこいる、池村さん!

ここいる、そこいる、池村さん!



 池村みかんの手を握ったのは、入学式の午後だった。

 僕らは新二年生として新入生の入学式を裏方で手伝い、無事に大切な学校行事を終わらせた。

 生徒会に所属していた僕らは、休日返上で入学式の進行を手伝った。

 そうして大仕事が終わり、肩の荷が下りた矢先――池村みかんが、学校の近くのコンビニで万引きしているのを捕まえた。

 そのとき、初めて僕は彼女の手を取った。


「それ、まずいでしょ」


 コンビニから出て自転車に乗ろうとしていた彼女の手を握って「鞄のなかに、会計してないものがあるんじゃないの」と指摘したわけだ。万引きGメンみたいに。

 暴漢に腕を掴まれたと思ったのか、池村さんは「ちょっとやめて! 変態!」と暴れたが、手を掴まれた理由――会計してないものがあるんじゃないの――という言葉を聞くなり、ぴたっと身を強張らせた。



 僕らは店内に戻って会計を済ませ、事情聴取とばかりに近くのファミレスに入った。


「なんで万引きなんかしたの?」


 この問いかけに池村みかんは無言を貫いたが、しばらくしてから言った。


「わたしってば、カメラに映らないの。すごくない?」


 最初、ぽかんとした。


「カメラに映らない?」

「そうなの。監視カメラとかドライブレコーダーに映らないの」

「そんなバカな」


 試しにスマホでぱしゃりと撮影してみた。


「うぇっ……」


 思わず僕は声を漏らしてしまった。

 たしかに彼女を捉えてシャッターを切ったはずなのに、撮影された画像データに彼女の姿がない。ただファミレスの情景だけが映っているのだ。


「うそでしょ?」

「ホントなの。だから卒業写真のアルバムは、必ず事件になる。小学校の時も中学校の時も、あれ、池村いないぞって」


 そんな胸を張って言われても困るんだけどな、と思いながら。


「それと万引きしたことに、なんか関係あるの? カメラに映らないから、まさかバレないと思ったとか、そんなバカげた理由はやめてよ」

「えっ、なんでわかったの?」


 僕は頭を抱えたくなった。

 ファミレスの通路には猫型の配膳ロボットが音楽を鳴らして走っている。

 言われてみれば、昔と比べて人手がぐっと減った気がする。

 問題が起きれば、監視カメラの映像を確認して真実を突き止める……と言うようなことが増えた気がした。

 池村みかんは、コンビニで万引きした(その後、ちゃんと戻って会計した)ポテトチップスの袋を開けて。


「んもー、とれるもんはとっとかないと! 意外とね、ポテチもバカにならないんだよ。十袋も買ったらいくらになると思ってるの!」

「盗人猛々しいとは、まさに池村さんのことだな」

「そんな褒めないでよおー」


 愛嬌のある笑顔を浮かべる池村みかんに、僕はがっくりとこうべを垂れた。

 いま、初めて「池村さん」と名前を呼んだ。

 みかん、と呼ぶべきか迷ったが、名字で呼んだ。

 そもそも『みかん』って名前、すごいな。漢字で書くのかな――?

 彼女にそんなことを質問しようとして顔をあげたのだが――ぱりぽりとポテチを食べる姿に、質問内容は喉の奥に引っ込んだ。


「だから、お店で食べるなって」

「ええー、いいじゃーん」


 ぐびっと彼女は炭酸飲料を飲んで、ドリンクバーに立った。


「なんか飲む? 持ってきてあげる」

「んじゃあ、オレンジジュースで」

「なんか可愛いね」

「うっさい。炭酸が苦手なの」

「なおさら可愛い」


 彼女はそう言ってドリンクバーに立ち去って行った。

 女の子に『可愛い』なんて言われたことがなかったので、どういう反応をしていいのかわからなかった。

 僕らはファミレスを出て(ちゃんと会計した!)カラオケに行った。

 どうしても池村みかんが「ねえカラオケおごってよおおお!」としつこかったから、しぶしぶついて行った。

 彼女は話題の曲を歌った。僕の下手な歌を「味があるじゃーん」と笑ってくれた。

 あれ、なんか彼女と一緒にいると楽しいかも……?

 そう思えたとき、すっかり日は沈んでいた。


「んあーっ、今日は楽しかったなあ。また遊ぼうね」

「もう金がないよ」

「そう言わずに。次はおごってあげるから!」

「言ったな。忘れんなよ!」


 そんな事を言いあいながら、僕らは笑って別れた。

 楽しそうに笑ってくれる池村みかんに、僕は幾度も振り返ってしまった。



 翌日に、僕は生徒会長へ「池村さんって、どこにいます?」と聞いた。

 いかにも優等生な生徒会長は小首をかしげて。


「池村さん? 誰だい、それ?」

「えっ、池村みかんですよ」

「みかんって、そんな変な名前の人なんているわけないじゃない」

「なに言ってるんですか。昨日の入学式で手伝いに来ていたじゃないですか!」


 生徒会長は少し困った表情を浮かべて。


「大丈夫かい? 熱でもあるんじゃないの?」


 僕は「そんなわけない」と廊下に飛び出した。

 スマホのデータを確認する。

 誰も映っていないファミレスの情景写真が一枚、あった。

 あの子はカメラに映らない。


「でも、僕は見たんだ。池村さんはいたんだ!」


 いろいろな教室を見て回った。

 彼女は同じクラスメイトだったはずだ。

 それなのに、学校のどこにもいない。

 そして僕は職員室で、クラスの名簿を改める。



 そこに、彼女の名前は――。

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