第52話 最後の約束

「……今週の土曜、空いてる?」


その声は、授業が終わって生徒たちがざわつく教室の、ほんの隅の音だった。

僕の机の横に立った片瀬が、手帳のページをめくるふりをして、目だけこちらに寄越した。


 


「例のアレ、ね」

「うん。イブ前、最後の土曜日」

「高島屋で、ちゃんと選ばせるから」


 


僕は小さく頷いて、手帳に書かれた予定の空白をなぞった。

彼女の声も、その目線も、どこまでも自然だった。

でも、周囲の空気だけが、微かに引き締まる気配がした。


 


そして、土曜日の朝。

あの日と同じ公園脇で、片瀬の車が僕を迎えに来た。

いつもよりカジュアルなセーターと、タートルネックの上から薄いストールを巻いていた。

助手席のドアを開けて乗り込むと、彼女はハンドルの先で、少しだけ笑った。


 


「じゃ、どっちにする? 買い物先? それとも、やること先?」


「え?」


「プレゼント、先に買う? それとも……ご褒美、先にしとく?」


 


言葉の端を強調するように、ハンドルを握る指が小さく跳ねた。

わざとなのか、無意識なのか、いつもその境界線が曖昧な人だった。

僕が答えに詰まると、片瀬は言った。


 


「わたしはね、買ってからのほうが燃えるけど。

“いいことしたあと”より、“いいことする前”のほうが、だいたい濃いのよ」


 


助手席の窓から差しこむ光が、彼女の髪をなぞった。

湿り気を帯びた冬の太陽が、まるで火を孕んだ水のようだった。


 


車内は、暖房のせいで妙にぬるく、

膝の上に置いた手のひらが、汗ばんでいくのを感じていた。


 

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