あの夢を見たのは、これで9回目だった。
阿井上夫
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
どうして、あやふやになりがちな夢の記憶の正確な回数(しかも9回という、ある意味中途半端な回数)を思い出せるかというと、いつもその夢は「壁に大書された数字」で始まるからである。
最初の数字は『1』だった。
気がつくと俺は真っ白い部屋の真ん中におり、ただ『1』という数字だけが部屋の1方向の壁に黒いペンキで書かれていた。
周りにペンキが飛び散って、いかにも書きなぐったという雰囲気の数字だったが、それだけにただならない存在感を放ち、何かを訴えているように見える。
しかし、部屋の中に調度品はなく、それどころかドアもない。
白い空間の中に、黒い数字だけがある。
ただそれだけの夢で、俺が我に返って周囲を見回し始めると、部屋全体に光が満ち、その眩さで目が覚めた。
そして、その夢はその後、特に規則性が感じられない頻度で現れた。
しかも、現れるたびに数字は1つずつ増えてゆく。
『1』の次は『2』で、その次は『3』だった。
とりあえず『3』までは普通に驚いたが、『4』になると「またか」という感じになるものである。
『6』以降は「はいはい」という感じで、文字の前で光がはじける瞬間をのんびり待つようになった。
そして、今、俺の目の前には『9』がある。
ここまで来ると完全にルーティーンになっていて、俺はため息をつくと腕組みし、部屋に光が満ちるのを待った。
そして、体感で3分ほど経過したところで、光は満ちた。
*
目を覚ますと、部屋のテレビがつけっぱなしになっており、画面には身なりのきちんとした女性が映し出されていた。
まだ覚醒しきれていないぼんやりとした頭で、なんとなくその女性の声を聞く。
彼女はこんなことを言っていた。
「昨日の夜、人気俳優の坂崎いのりさんが自宅で亡くなっているのを、マネージャーが発見し、警察に通報しました。警察の発表によると事件性はないとのことで、以前から体調不良を訴えていた坂崎さんの病状が急変した……」
途中からその声は俺の耳に入らなくなった。
亡くなった坂崎いのりという俳優が、俺の好きだったドラマの主演女優だったということが理由の一つ。
そして、二つ目の理由は「そういえば数字の夢を見た後、必ず自分が顔と名前を知っている人物の死を知った」という、事象の一致を初めて自覚したからである。
『1』の時は目が覚めた直後に親から電話がかかってきて、学校の同級生がなくなったと聞いた。
『2』の時は親戚のおじさん。
『3』の時は、まあまあテレビで見かけるようになった芸人。
関係の濃度が濃かったり薄かったりしていたので、すべてを関連付けることがなかっただけで、毎回「俺が顔と名前を知っている人」が確実に亡くなっていた。
とはいえ、テレビで見たことがある人まで含めてしまうと、頻繁に誰かはなくなっているものである。
そして、考えてみればそれ以外の日に「俺が顔と名前を知っている人」が亡くなったという覚えもある。
ただ、亡くなった『9人』には自分がある程度関与した事実があった。
親戚や友人はもちろんのこと、今日の『坂崎いのり』は、俺が珍しくサイン会まで足を延ばした相手である。
まあまあ見かけるようになった芸人も、暇つぶしに入った芸人ライブで「なかなか面白そうな新人」として記憶に残った奴だ。
そんな人物の死が、認識するより先に夢の中でカウントされることを、偶然と割り切ることはできなかった。
俺は、画面の中の女性が「それでは次のニュースです」と、一人の人間の死にあっさりと区切りをつけるのを、呆然としながら聞いていた。
*
そして、俺は今日もまたあの夢を見ていた。
順番からすると、俺の目の前にあるのは『10』のはずだった。
しかし、俺は目の前の白い壁に勢いよく書かれた数字を見つめ、その事実を受け入れることができずにいた。
『1157』
なんだこれは。
「俺が知っている奴が1157人死んだ」という意味だと頭では理解するものの、それ以上のことが考えられない。
1157人――俺が今までの人生の中で関わってきた人の数全部のような気がする。
そんな人数が一斉に、だと?
俺は頭がぐらぐらして、吐き気を催した。
というより、身体が本当に揺れているような気がす
*
筆者註:この後、彼は転生して世界の理を知り、新たな能力と仲間を得て、世界を再生するための絶望的な戦いに身を投じることになるわけだが、短編作品なのでそこまではとても網羅できない。いやあ、残念、残念。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。 阿井上夫 @Aiueo
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