第26話 勇者と模擬戦

 さて、ひょんなことから勇者と立ち合う事になったが、中々に良いタイミングだったと思う。


 召喚からもうすぐ一ヶ月。

 聖女の【祝福】を受けていない勇者は、一体どれだけ戦えるのか?

 それを知るいい機会だ。


 たしか、一条は中学時代はサッカー部。

 高校に入ったとして召喚されたのが何年生かは分からないが、高校から剣術や格闘技に移ったとも思えない。


 アッチの世界の素人が、チートでどれだけ強くなれるのか興味が無いことは無い。


 教会の裏手にある、教会騎士の訓練場。

 そこは簡単な壁で仕切られただけの、簡素な広い空間だった。

 魔法的な配慮も建造物も、一切無い。


 そこにオレは、刃を潰した剣を持ってリラックスして立っている。


 手首の回転で、二~三度剣を回して重さを確認。一条達を見れば、何やら揉めているようだ。


 この期に及んで、何をピーチクパーチクやっているのだか……。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「おい、マジでやるのかよ」


 天輝たかてるを案じた悟史が声をかけるが、本人は全く動じていないようだった。


「ねえねえ、なんだかあの人、妙に雰囲気があるっていうかさ……ヤバい気がするんだけど」


「うん。私も……止めたほうが言い気がするんだけど……」


 友美も皐月も止めようとするが、天輝はやる気に満ちていた。

 これは、自分の実力を示すチャンスだと思っていたのだ。

 何故なら彼は【異世界召喚のチート】を信じていたから。


 この世界では、何故かステータスを見ることが出来なかった。

 自分の現状を知る術がないなんて、何とハードモードなんだ!と憤慨もしたが、カスタマーセンターへの連絡など出来ないので諦めていた。


 しかし、あのいけ好かない男をぶちのめせば……周りから認められている雰囲気の男をぶちのめせば……自分の素晴らしさを示す事が出来るのだ。

 そして【イベント】も前に進むだろう。


 城のだったのだから、あんな街にいる冒険者風の男になど、負ける筈がない。


……と、天輝は考え不敵な笑みを浮かべていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 どうやらアッチの話は片付いたようで、一条が自信たっぷりに歩いてきた。


 まあ、コッチは不本意とは言え【次期剣聖】の称号を貰っているんだ。ギャラリーもいるんだし、不甲斐ない真似は出来ない。


 そう……いつの間にか教会騎士達や教会関係者も見物に集まって来ていた。

 ……ゼラも、ちゃっかり来てるな。


 隣にいる金色が入った豪華な法衣の男は、さっき話に出た司教だろうか。


 色白で背が高いので、背が低いゼラと並ぶと何ともアンバランスだな。


「おい、準備はいいか?」


 一条が不遜な顔で問うてきた。

 剣士たる者、常に戦場と思えと言われている以上、何時だって準備万端なんだけどな。


「ああ、何時でもどうぞ。合図はいらない」


 と、念の為【身体強化】をかけた上で、挑発っぽく言ってみた。

 すると、


「下に見てんじゃねーぞああああああっ!」


 と本当に合図無く斬り掛かって来たので、軽く片手で剣を振って受け止め、そのまま振り切ったら……………………、吹っ飛んで行きやがった!


 マジか!

 弱すぎるだろ! 勇者!


 ちょっと状況が理解出来なくて、思考がフリーズする。


 意識を戻して五輪達を見れば、彼方も呆然とした顔で此方を見ていた。


 仕方が無い。もういい機会ついでに話をでもするか。と、五輪達の方へと向かった。


「彼は……自信があったようだが?」


 と訊ねれば、


「はい。一応、城の兵士相手に鍛錬はしていて、彼等とはいい勝負をしていたのですが……」

 と五輪が答えた。


「どう思う?」

 と同じくやって来たグレイに訊いてみる。


「まあ城の一般兵は、それほど強い訳では……」


「フザケんじゃねー!」


 言いかけたグレイの後ろから、復活した一条が上段で斬り掛かってきたので、


「重心のかけ方がなっていない!」


 と剣を振り上げて迎え撃ってあげたら、また飛んでいった。

 野球のボールかよ。


「えっと、一般兵はそれ程でもないって事……だっけ?」


「……はい」


 と、グレイは飛んでいった一条を眺めながら、


「まあ相手が悪すぎたとしか、言いようが無いですね」

 と、頭を振りながら軽く笑っていた。


「お兄さん!」


 不意に剣を持っていない左腕に誰かがしがみ付いてきた……と思ったら、三倉だった。


 コイツは変わらんな。

 特に身長が。

 いや、オレがデカくなったのか。


「お兄さん、強いんですね!」


「……そうでも無いと思うが?」


「いや、貴男がそれを言っちゃ駄目でしょう。曲がりなりにも次期剣……」

 とグレイが言いかけたら、また一条の声が。


「ファイヤーボール!」


「魔法は、撃てばいいという物ではない!」


 あっ、魔法は使えるんだな……と思いながら、取り敢えず飛んできた火の玉は斬っておく。


「えっ、魔法って斬れるの?」

 と言う声も聞こえるが、放っておく。


 もう面倒くさいので、突っ込んできた一条の顔面を掴んで、「ボルト」と軽い電撃を叩きつけたら気絶した。

 頑丈そうだし、いいか。


「で、なんだっけ……ああ、オレが強いかどうかか……」


 ふむ。

 オレがコッチに落ちてきた時を考えると……。

 確かにその頃から既に魔力はたっぷりあったし、固有魔法は使えたが、体を使う方はどうかと言えば、身体強化も使えなかったし、一般人並だったような気もする。


 ただ落ちてきただけの人間と、召喚された人間とでは、何かが違うかもしれないとも考えたのだが……さして違いは無いようだ。


 むしろ弱いのかもしれない。


 思い当たるフシも無い訳じゃないが、膨大な魔力から体を守るための【女神の枷】が、文字通り枷になっているのか、魔法の威力もさほどではないようだし。


 まあ【女神の枷】については聖女から聞いただけで、実体験はないからなあ……オレ?

 実は元々そんな物は無かったんだよ。

 義姉ねえさんには甘やかされてるからなあ。


 それはともかく、無難な答えはしておこうか。


「そうだな……彼とは、真面目に何年も鍛錬を続けた者と、そうでない者の差、はあるとは思うが」


「理由がそれだけなら、一般騎士の立つ瀬がないのですが……」

 とグレイが呟くけど、無視!


「そうですよね。剣を持ってまだ十日くらいしか経ってないのに……本当に何を考えているのか」

 五輪が頭を囓りながら、気絶して倒れる一条を見た。


 そして次に見たのは、オレの腕にしがみ付いたままの三倉だ。

 これだけ動いて、まだくっついてるとは、実はスゴいんしゃないかコイツ。


「おいミク。いつまでもくっついてると失礼だぞ。ナリハラも言ってやってくれよ」


 と五輪が言うと、七原が溜め息混じりに三倉の肩を叩いた。、


「サトル君の言うとおり、初対面で失礼だよ」


「えーっ、別にいいじゃん」


 不満を言いつつも、三倉はオレから手を離してくれた。


 しかし、ミクにナリハラにサトルか……?

 微妙に記憶と違うのだが、どういう事なのだろうか?


 


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