第26話 勇者と模擬戦
さて、ひょんなことから勇者と立ち合う事になったが、中々に良いタイミングだったと思う。
召喚からもうすぐ一ヶ月。
聖女の【祝福】を受けていない勇者は、一体どれだけ戦えるのか?
それを知るいい機会だ。
たしか、一条は中学時代はサッカー部。
高校に入ったとして召喚されたのが何年生かは分からないが、高校から剣術や格闘技に移ったとも思えない。
アッチの世界の素人が、チートでどれだけ強くなれるのか興味が無いことは無い。
教会の裏手にある、教会騎士の訓練場。
そこは簡単な壁で仕切られただけの、簡素な広い空間だった。
魔法的な配慮も建造物も、一切無い。
そこにオレは、刃を潰した剣を持ってリラックスして立っている。
手首の回転で、二~三度剣を回して重さを確認。一条達を見れば、何やら揉めているようだ。
この期に及んで、何をピーチクパーチクやっているのだか……。
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「おい、マジでやるのかよ」
「ねえねえ、なんだかあの人、妙に雰囲気があるっていうかさ……ヤバい気がするんだけど」
「うん。私も……止めたほうが言い気がするんだけど……」
友美も皐月も止めようとするが、天輝はやる気に満ちていた。
これは、自分の実力を示すチャンスだと思っていたのだ。
何故なら彼は【異世界召喚のチート】を信じていたから。
この世界では、何故かステータスを見ることが出来なかった。
自分の現状を知る術がないなんて、何とハードモードなんだ!と憤慨もしたが、カスタマーセンターへの連絡など出来ないので諦めていた。
しかし、あのいけ好かない男をぶちのめせば……周りから認められている雰囲気の男をぶちのめせば……自分の素晴らしさを示す事が出来るのだ。
そして【イベント】も前に進むだろう。
城の並の兵士では敵無しだったのだから、あんな街にいる冒険者風の男になど、負ける筈がない。
……と、天輝は考え不敵な笑みを浮かべていた。
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どうやらアッチの話は片付いたようで、一条が自信たっぷりに歩いてきた。
まあ、コッチは不本意とは言え【次期剣聖】の称号を貰っているんだ。ギャラリーもいるんだし、不甲斐ない真似は出来ない。
そう……いつの間にか教会騎士達や教会関係者も見物に集まって来ていた。
……ゼラも、ちゃっかり来てるな。
隣にいる金色が入った豪華な法衣の男は、さっき話に出た司教だろうか。
色白で背が高いので、背が低いゼラと並ぶと何ともアンバランスだな。
「おい、準備はいいか?」
一条が不遜な顔で問うてきた。
剣士たる者、常に戦場と思えと言われている以上、何時だって準備万端なんだけどな。
「ああ、何時でもどうぞ。合図はいらない」
と、念の為【身体強化】をかけた上で、挑発っぽく言ってみた。
すると、
「下に見てんじゃねーぞああああああっ!」
と本当に合図無く斬り掛かって来たので、軽く片手で剣を振って受け止め、そのまま振り切ったら……………………、吹っ飛んで行きやがった!
マジか!
弱すぎるだろ! 勇者!
ちょっと状況が理解出来なくて、思考がフリーズする。
意識を戻して五輪達を見れば、彼方も呆然とした顔で此方を見ていた。
仕方が無い。もういい機会ついでに話をでもするか。と、五輪達の方へと向かった。
「彼は……自信があったようだが?」
と訊ねれば、
「はい。一応、城の兵士相手に鍛錬はしていて、彼等とはいい勝負をしていたのですが……」
と五輪が答えた。
「どう思う?」
と同じくやって来たグレイに訊いてみる。
「まあ城の一般兵は、それほど強い訳では……」
「フザケんじゃねー!」
言いかけたグレイの後ろから、復活した一条が上段で斬り掛かってきたので、
「重心のかけ方がなっていない!」
と剣を振り上げて迎え撃ってあげたら、また飛んでいった。
野球のボールかよ。
「えっと、一般兵はそれ程でもないって事……だっけ?」
「……はい」
と、グレイは飛んでいった一条を眺めながら、
「まあ相手が悪すぎたとしか、言いようが無いですね」
と、頭を振りながら軽く笑っていた。
「お兄さん!」
不意に剣を持っていない左腕に誰かがしがみ付いてきた……と思ったら、三倉だった。
コイツは変わらんな。
特に身長が。
いや、オレがデカくなったのか。
「お兄さん、強いんですね!」
「……そうでも無いと思うが?」
「いや、貴男がそれを言っちゃ駄目でしょう。曲がりなりにも次期剣……」
とグレイが言いかけたら、また一条の声が。
「ファイヤーボール!」
「魔法は、撃てばいいという物ではない!」
あっ、魔法は使えるんだな……と思いながら、取り敢えず飛んできた火の玉は斬っておく。
「えっ、魔法って斬れるの?」
と言う声も聞こえるが、放っておく。
もう面倒くさいので、突っ込んできた一条の顔面を掴んで、「ボルト」と軽い電撃を叩きつけたら気絶した。
頑丈そうだし、いいか。
「で、なんだっけ……ああ、オレが強いかどうかか……」
ふむ。
オレがコッチに落ちてきた時を考えると……。
確かにその頃から既に魔力はたっぷりあったし、固有魔法は使えたが、体を使う方はどうかと言えば、身体強化も使えなかったし、一般人並だったような気もする。
ただ落ちてきただけの人間と、召喚された人間とでは、何かが違うかもしれないとも考えたのだが……さして違いは無いようだ。
むしろ弱いのかもしれない。
思い当たるフシも無い訳じゃないが、膨大な魔力から体を守るための【女神の枷】が、文字通り枷になっているのか、魔法の威力もさほどではないようだし。
まあ【女神の枷】については聖女から聞いただけで、実体験はないからなあ……オレ?
実は元々そんな物は無かったんだよ。
それはともかく、無難な答えはしておこうか。
「そうだな……彼とは、真面目に何年も鍛錬を続けた者と、そうでない者の差、はあるとは思うが」
「理由がそれだけなら、一般騎士の立つ瀬がないのですが……」
とグレイが呟くけど、無視!
「そうですよね。剣を持ってまだ十日くらいしか経ってないのに……本当に何を考えているのか」
五輪が頭を囓りながら、気絶して倒れる一条を見た。
そして次に見たのは、オレの腕にしがみ付いたままの三倉だ。
これだけ動いて、まだくっついてるとは、実はスゴいんしゃないかコイツ。
「おいミク。いつまでもくっついてると失礼だぞ。ナリハラも言ってやってくれよ」
と五輪が言うと、七原が溜め息混じりに三倉の肩を叩いた。、
「サトル君の言うとおり、初対面で失礼だよ」
「えーっ、別にいいじゃん」
不満を言いつつも、三倉はオレから手を離してくれた。
しかし、ミクにナリハラにサトルか……?
微妙に記憶と違うのだが、どういう事なのだろうか?
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