第25話 出会いと鉢合わせ

 ひとまず辺境伯への報告を終え、セルディ達と夕食。


 【勇者召喚】の影響が彼女等の身の回りに起きて無いか……という話もそこで出たが、勇者が召喚された事については、「それらしい噂はあるものの国からの正式な発表がなく、何かしらの動きがあるまでは動きようが無い」ということだった。


 まあ最初の頃はチュートリアルというか、この世界で生きる基礎力や基礎知識を何とかしないといけないだろうし、召喚から一ヶ月は大丈夫かな……と思ってたんだけど。


 世の中は甘くない。

 というか、プレーヤーを飽きさせない為に【イベント】をぶち込んで来るんだよな……。


 ということで、王都二日目だ。


 【勇者召喚】について王家の発表を待たずに公表する訳にはいかない。……とは言え情報共有は予めしておきたいと、ヨウカは冒険者ギルドの中央本部に向かっている。


 オレは美夜と一緒に王都散策だ。


 うん? こう見えても立派な仕事なんだぞ~と、誰へともなく心で言い訳などしてみる。


 下手に歩き回って職質を受けそうな古都エリアはスルーして、今は教会大聖堂の隣にある鐘楼の上。


 鐘楼の上部は展望台になっていて、その上は立ち入り禁止となっているが、何があるかと言えば鐘がある。


 まあ、鐘楼だからな。


 そしてオレは今、その鐘楼のさらに上。

 屋根の上に居る。


「いや~、中々にいい眺めだな」


 雑踏の音も無く、風は穏やか。

 昼寝でもしたくなる気分だ。


 見渡せば新都の広い範囲を一望する事が出来る。


 古都から良い感じで離れているので、王城も良く見える。

 ホントにいい場所だ……が、立ち入り禁止の場所なんだよな、ココ。


 そう言えば大聖堂の場所って、なんで此処なんだろうな。

 遠くに見える王宮がある古都があって、そこからだんだんと街が広がってきて。

 となると此処が出来たのは、けっこう後なのか……。


「そこで何をしている!」


 などと考えていたら誰かにバレたのか、突然の声に下を見れば、鐘の隣に騎士服の男がいてこちらを見上げていた。


 金の髪に日に焼けた肌。碧眼のガッシリした体格の、同い年くらいかな?

 見たことがある顔だなと思ったが、昨日ゼラを迎えに来たイケメン騎士だと思い出した。


 ああ、何か真面目っぽい感じだったな。

 教会の敷地内だし、答えないと拙いかなと返事をする。


「観光客なので、観光してます」と。


 しかし、そんないい加減な答えが許される筈もなく。


「そこは立ち入り禁止です! 下りてきてください!」


 と、言われてしまった。

 まあ、事実だから仕方が無いか。


 職質が嫌で新都に来たのに、ここで揉め事も無いだろう。

 目的は済んだので、黙って従った方が良さそうだし。


 オレは足からそのまま真っ直ぐ飛び下りると、屋根のフチに捕まって勢いをつけ、鐘があるスペースに飛び込んだ。


 すると、そこに居た件の騎士が驚いたように目を開いた。


「……次期剣聖殿でしたか」


 その反応に、少しだけ警戒する。


「自己紹介したっけ?」


「ゼラ様から伺いました」


「言わないでって言ったのに~」

 などと、ワザと大袈裟にリアクションをしてみれば、彼は本当に済まなさそうな顔をした。


「申し訳ありません。私から部屋にいた三名について問いました。ゼラ様は言いにくそうにしておりましたよ」


「なら仕方が無いか、護衛なんだろうし。

 ただ護衛がいて、どうして昨日みたいな事になるのかな?」


「それについては面目めんもくないとしか言えませんが……では面目めんもく躍如やくじょということで、不法侵入者にはご足労いただけますか?」


 言いながら、彼がスラリと腰の剣を抜く。

 片手剣にしては……長いな。


「ここでやる?」


「まさか。訓練場で一手お願いしたいと思いまして」

 キツイ眼差しから一転。フッと笑うと剣を腰に戻した。


「真面目かと思ったけど、冗談も言うのな」


「ここの騎士は平民上がりが多いですから、割と砕けてますよ」

 と右手を差し出してきた。


「かく言う私も平民上がりなので、気楽に接していただけますと有難いです」


「じゃあ、そっちの言葉も砕けていいけど」


 オレはその手を取って軽く握った。

 努力家の、いい手をしている。


「まあ、職務中ですから。

 私はグレイと言います」


 そう爽やかな笑顔を向けてくる彼に自分も名を名乗り、連れ立って鐘楼の階段を下りていくと……大聖堂の前に見知った顔の奴らがいた。


 何故ここに?

 そう思った瞬間、彼等がなんだなと理解した。

 縁がある……にも程があるだろ。


 大聖堂の前で大声を出す彼等……いや、騒いでいるのは一人か……に、グレイが顔をしかめて近づいていくので、オレもついて行く。


「だから、【聖女候補】がいるんだろ! 俺が守ってやるから、連れてこいよ!」


 騒いでいるのは、確か一条いちじょうだったか。

 中学時代の同学年の人気者だったからなのか、三年経っても案外覚えている物だな。


 恐らくオレがコッチに来た時代からあまり経っていないのだろう。

 若いな~というのが第一印象だ。


 彼の周りには同年代の男女三人。そして、城からの同行者らしき騎士が二人がいる。


 一条を含めた四人はシンプルな一般的な服装だが、生地が良いのか良い所の子息令嬢にも見える。

 まあ、全員見知った顔だった。


 コッチの正体がバレないか心配だが、人相も変わってるから大丈夫だろう。


「何があった?」


 グレイが、一条と話している同僚に声をかけた。


「ああ、城から来たらしいんだが……話がよく分からなくて」


「またNPCが増えたか……。いいから、俺は【イベント】を進めたいんだ。

 さっさと【聖女候補】を連れてくるか、キーワードかアイテムが必要だったら教えてくれよ!」


 ほらこんな感じと、同僚騎士が両手を挙げてヤレヤレとポーズを取った。


「今、司教様か司祭様に報告に行ってる。

 けど、言ってる意味がわからん」


 仲間がそう言っているが、グレイも一条の言葉の意味が分からないのだろう。だが、吐いた言葉の中に、引っかかるワードがあった。


「【聖女候補】を連れて来い。とは、どういう意味でしょうか?」


 そう。【聖女候補】という言葉は、あまり広めていない物だ。

 昨日の件もあるから、その言葉を告げるだけで不審者扱いも仕方が無い。


「何度言えばいいんだか……。

 【シナリオ】を進める為の【イベント告知】があっただろ。俺はその為に来たんだ。

 何だコレ、バグか?」


「一条……やっぱりここは、お前が知ってるゲームに似てるだけで、ゲームじゃ無いんじゃないか?」


 そう窘めるのは、たしか五輪だったか。

 しかし、一条は彼の言葉を聞く意思が全く無いようだな。


「いんや、ゲームだ。でなきゃスマホにイベント告知が届く訳がないだろ。

 【聖女候補を守れ】なんて!」


 ほほー。

 君のスマホは生きてるんだ。

 その仕組みは、是非知りたいな!


 しかし、何時までもゲーム感覚でいられるのは問題があるかもしれないし、そう誰かに仕向けられているのなら、それはブチ壊さないといけない。


 オレはグレイの肩を掴むと、スッと前に出た。


「【聖女候補】を守るとは、聞き捨てられないのだが、少なくともその実力があるということかな?」


「なんだテメェ?……ひょっとして、【イベント】が前に進んだ?」


 おっ、この雰囲気だとオレが久遠だと分からないようだ。

 顔つきも変わったし、年も取った。

 まあ前の世界では、コッチは勝手に知っててもアッチからは関わりが無かったからな。


 どうせクラスの人気者と陰キャだったよ。


「ク……」

 グレイが名前を言いそうになったので、念の為肩に乗せていた手で口を塞いだ。

 クウォンと久遠は音が近すぎる。


 口を塞いだだけで、名前を呼ばれたくないと理解してくれたのだろう。軽く頷いてくれた。

 理解があるって、助かる。


「【イベント】が何だか知らないが、問答をしていてもキリが無い。

 もし実力と自信があるのなら、まずはそれを示してもらえないか?」


「どうやって?」


「何、簡単な事さ。

 オレと戦え。そして、勝てばいい」


「えっ、何を勝手に!」

 グレイの同僚が止めようとするが、それをグレイが制した。

 そして彼等には聞こえない小さな声で、


「大丈夫。彼は例の次期剣聖殿だ。

 しかも、勝てばいいと言ったが、勝ったら【聖女候補】に会わせるとは一言も言っていない」と告げた。


 そのグレイの言葉に、同僚は小さく頷いて黙ってくれた。


 ホント、理解がある味方って大切だな。


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