DEN-CHI

第3話

帰宅すると居間で水泳教室が行われていた

私が通り抜けようとすると飛び込み台に立った少年が行く手を阻んだ

“早く飛び込んぢまえ”私は手で合図をする

“邪魔だから早く行け”彼は手で合図をする

“いいから早く飛び込んぢまえ”私は再度合図をする

最近では居間の往来にも困難を極める


私が目覚めると鳴るはずの目覚まし時計が鳴らない

時計は動いているのだけれど…見ると電池が抜かれている

「昨日のガキどもだな!」私は瞬時に悟った

バイトに遅刻したらどうしてくれるのだ 皆に迷惑がかかるではないか 給料も減ることだし…私は母親のいる台所へと向かった

「電池が抜かれとるんじゃけど心当たりはねえか?」私は確信に満ちていた

母親は虚ろな眼をもたげてこう言った

「…さぁ」その無関心な声色が私の神経を切断した

「知らん訳ねぇじゃろうが!!!!」

「知らん訳ねぇじゃろうが!!!!」


・・・・・・・・・・・


私はある日 家の離れに見知らぬ家族が越してきたことを知った

聞けばその家族はとてつもなく貧しいのだという

そこで私は全てを悟った

貧困ゆえに電池を買うことさえままならなかったその家族を見かねた母親が私の電池を抜きとり与えてしまったのだ

或いはその家族が直接私の電池を失敬したのだ

それならそうと言ってくれれば良かったのに…

知っていればあんなに激昂することはなかった

言ってくれれば良かったのに…


私は離れで見覚えのある女性に出会った

彼女は私が昔勤めていた職場の同僚で年は私より五つ程上だったが私はちょっといいな~と思っていた

しかし彼女は何やら蹴球とかいう毬を蹴って右往左往する遊びに興ずる男とねんごろになって姿を消し、私も彼女のことは忘れて今日まで暮らしてきた

その彼女が何の因果かこのような境遇に堕ちこみ 今、再び私の眼の前にいる

「あなたまだ女を知らないんでしょう」

私は事実女を知らなかったし、そのバラ色の頬やこの世の全ての色彩を際立たせる爽やかな香りに つまりその…何というか…勃った

「私が教えてあげ…」

その響きの完成を待たずして、私は彼女へと飛び込んだ

「教えてくれ!!!!」

「教えてくれ!!!!」

「教えてくれ!!!!」

「教えてくれ!!!!」


2008.11.10

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