まじかるあたっくロダちゃん

きみどり

まじかるあたっくロダちゃん

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 俺の暮らす魔術都市が舞台で、空から声が降ってくる夢だ。「旅に出よ」と。

 その声によると、俺はメヒポテトリという大魔神との間に前世からの因縁があり、近々復活を遂げるソイツに襲撃される運命にあるのだそうだ。

 死を回避する方法はただひとつ。旅に出ること。そうすれば行く先々で仲間に巡り会い、俺自身も覚醒を果たし、大魔神を倒すことができるのだという。


 夢らしい荒唐無稽な設定だな。初めて見た時はそんなことを思った。

 2回目の夢で、声はメヒポテトリの恐ろしい姿を俺に見せた。

 3回目の夢では、メヒポテトリが街を破壊し始めた。

 4回目ではメヒポテトリが魔砲を放ち、5回目では逃げ惑う人々をバラバラに引き裂いた。

 6回目で瓦礫の街が魔炎に包まれ、7回目で生きながらに焼かれる人々の断末魔が響き、8回目では生焼けの人々がひと口齧られては飽きたオモチャのように捨てられた。

 そして9回目では、俺の目の前にメヒポテトリがいた。


「あなたが旅に出なければ、これが現実となるのです。街は破壊し尽くされ、人々は一人残らず殺され、もちろんあなたも死ぬ。だから早く旅に出なさい。メヒポテトリの降臨する日は刻一刻と迫っているのです」


 そんな天の声が遠ざかり、ガバッと飛び起きたのが今だ。

 魔術学院の同級生たちの怪訝な眼差しが、いきなり立ち上がった俺に集まっていた。


 眉間を押さえて、椅子に崩れ落ちる。どうやら座ったまま寝てしまっていたらしい。

 全力疾走した後のように心臓が暴れていた。


 頭が重い。瞼が重い。まともに寝たのは何日前だったか。段々ひどくなる夢の内容が恐ろしくて、寝ることを拒む日が続いていた。

 でももう限界だ。起きていようと気を張っていても、意識が強制的にシャットダウンされてしまう。


 もう声のとおりに街を出るべきなのかもしれない。そう思い始めていた。そうすれば悪夢は終わってくれるかもしれないし、万が一夢が現実になってもみんな助かる。


 両親に何て説明しよう。旅には何が必要なんだろう。大したことのできない魔術師見習いの俺が街から出て、無事にやっていけるんだろうか。

 ぐるぐると考えてみるものの、上手く頭が回らない。


 そんな思考を、鈴を転がすような声がピタと止めてくれた。


「ひどい顔よ、ネオレア」


「……ロダ」


 彼女は少し屈んで、心配そうな顔で俺を覗き込んできた。


「最近ずっとそんな調子じゃない」


「そんなこと――」


「嘘はおやめなさい。どうしたの? 何か悩みでもあるのかしら?」


 長い睫毛に縁取られた瞳でじっと見つめられて、なんとなく落ち着かない気分になった。思わず目をそらすと、ずずいとその綺麗な顔を近づけられて、俺は「わかった! 話す!」と真っ赤になって叫ぶはめになった。


 こうなれば、いっそバカな話だと笑ってほしかった。そんなのただの夢だよと。

 でもロダは真剣な顔で耳を傾け、俺が話し終えてもしばらく考え込んでいた。

 そして顎にそえていた手を急に俺に伸ばして、パッと引っ張って立たせた。


「行きましょう!」


「どこに?」


「わたくしの自宅に!」


「へっ!? 学院は!?」


「おサボりです!」


 俺の頭がついていけなかったのは、眠気のせいだけではなかったはずだ。




 連れていかれた豪邸におっかなびっくり足を踏み入れる。ロダは良いとこのお嬢様なのだ。

 彼女は戸惑う執事に何かを言いつけ、自分の部屋へと俺を案内した。

 パステルピンクを基調とした空間を前に立ちすくむ。これが女の子の部屋か。


 見かねたロダが俺の手を握り、室内へといざなった。その柔らかな手に心臓が跳ねる。


「一体何のつもりなんだよ……」


 促されてソファーに腰掛ける。


「何てことないわ。私はクラス長として、クラス長としてっ! あなたが困っているのを見過ごせないのよ!」


 クラス長っていうのを強調された……。

 ロダはなぜか自信ありげに胸を張っている。


 その時、部屋をノックする音が響いた。

 現れた執事がよいしょよいしょとトルソーを持ち込み、退室する。トルソーにはポケットだらけのロングコートがかかっていた。

 それにバサリと腕を通して、ロダが口角を上げる。


「さあ、ベッドに行くわよ!」


 何でだよ。

 絶句する俺に、ロダはコートのポケットのひとつから何かを取り出し、見せつけた。


「これは夢を共有することのできる魔道具! お父様のコレクションから拝借させてもらったわ! これを使ってわたくしがネオレアを助けてあげる!」


「ちょ、ちょ、ちょ、待て。色々おかしいだろ。なんでお前が夢に入る」


「ベッドはまだ早い? なら、ソファーで良いわ!」


 有無を言わさずロダが隣に座ってきて、座面が深く沈んだ。あっという間に魔道具を取り付けられ、手まで握られる。


「おい――」


「いいから寝なさい!」


 もたれかかってきたロダが目を閉じる。触れた体が柔らかい。さらりと滑り落ちた髪の毛からいい匂いがする。


 こんな状態で寝られるかよ!


 そう思ったものの、触れ合ったところからあたたかくなってきて、横から規則正しい呼吸音も聞こえてきて。ろくに眠れていなかった俺は、簡単に夢へと落ちていった。




 地響きに、おぞましい咆哮。

 ハッと目を開けば、俺は破壊し尽くされた街に立っていた。

 10回目の悪夢。そう理解して、全身がガタガタ震え始めた。

 でもそんな俺の手を、ギュッと握る存在がいる。


「……ロダ! 本当に俺の夢の中に?」


 彼女は力強く頷いた。


「この悪夢、わたくしが終わらせてみせるわ!」


 そう言って一際強く手を握り、そっと離す。


「すべて終わらせて必ず迎えに来るから。心細いでしょうけど、そこで待っているのよ?」


 不敵に笑った彼女がコートを翻す。

 そしてポケットから何かを取り出すと、ふっとその場からかき消えた。


 次の瞬間、轟音が響いて、突風が吹き荒れる。


 咄嗟に両腕で顔をかばって、恐る恐る隙間から様子をうかがった。見えた光景に唖然とする。

 あんなに最強最悪に見えたメヒポテトリが、地面に倒れ伏していたのだ。


 その巨体の上に立つ人影がある。ロダだ。

 彼女がまたポケットから何かを取り出すと、シュンと光の大剣が現れた。

 その刃でメヒポテトリをひと撫でする。ただそれだけで、呆気なく大魔神の首は落ちた。


 巨体が崩れ去り、惨憺たる光景とともに幻のように消える。

 どこまでも続く白の空間となったそこに残ったのは、ロダと俺と、うずくまる小さな黒い影だけだった。


「あなたがこの悪夢の主ね。わたくしのネオレアを苦しめて遊んでいたのでしょう? 許せないわ!」


 ロダが光の剣を構える。


「ネオレアを困らせていいのは、わたくしだけなのよ!」


 ぴぎーっという叫び声が響くと、黒い影は跡形もなく消え去った。




 目蓋をゆっくりと開ければ、パステルピンクを基調とした部屋の中にいた。なんだか体が軽くなった気がする。


「もう大丈夫よ」


 不意に耳元に吐息がかかって、飛び上がりそうになった。

 寝起きの意識が一気に覚醒して、ロダとの距離感を思い出す。体は密着したままだし、もう必要ないのに手も握ったままだ。


「ご、ごめん!」


 急いで離れようとしたが、失敗に終わる。勢いよくソファーに引き戻された俺の頬を、ロダが両手で包み込んできた。

 じっと見つめてくる長い睫毛に縁取られた瞳から、俺はもう目をそらすことができない。

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まじかるあたっくロダちゃん きみどり @kimid0r1

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