10months + 10days + 9days

北 流亡

第9話

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。


 水の中を揺蕩っていた。

 何処かに向かわなければ。焦燥感のような感情が、胸にずっとあった。だが、何処に向かえば良いのかはわからなかった。

 水の中は昏く、そして長い。然しながら暖かかった。まるで、何かに護られているようであった。

 如何程の時が流れただろうか。強い、光が見えた。果てしなく続くと思えた旅程も終わりを迎える。穏やかな流れに身を任せ、私は光に飛び込む。


 そこで、私は覚醒した。

 変わらぬ光景が目の前にあった。

 牢獄。例えるならこの言葉が適切だろう。頑強な木の柵に囲まれた空間スペースに私は囚われていた。

 硬い板の上に寝かされていた。薄い布は敷かれているが、それだけだ。

 体に、力が入らなかった。指一本すら、満足に動かせない。必死に体を捩る。寝返りを打つことすら叶わない。


 食事は、不定期に与えられていた。いや、食事というよりは餌に近い。得体の知れないぬるい液体を、強制的に取らされていた。私が泣こうが喚こうが、一定量を入れるまで終わらなかった。


 時折、体を洗浄された。私の体の倍ほどもある浴槽に運ばれ、されるがまま熱湯に体を漬けられた。流れるように薬品まみれにされ、洗い流される様は、私に工場のラインを連想させた。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 時間を確かめる術は無い。部屋に、明かりが差したタイミングを起点に、日数を数えていた。


 今日でおそらく9日目。あの夢を見たのも9回目。変化は何も起きない。ただ、寝かされるだけの日々を経ていた。


 不意に、便意を催した。

 誰か来てくれ。叫ぶ。無意味だとはわかっていた。ここに来てから、一度も便器で用を足していない。糞尿は、ただ垂れ流しになっていた。

 もう一度叫ぶ。声は、言葉にならず、ただ無意味な音だけが出た。

 力を入れた。どうにかして垂れ流すことだけは避けたかった。然し、それは叶わなかった。尻に、温かいものが広がる。人間としての尊厳が、崩れる音が聞こえた。


 涙が、込み上げてきた。尻に広がる不快感と、非力な自分に対する悔しさが、涙腺を熱くする。

 怒りが、悲しみが、あらゆるマイナスの感情が湧いてくる。駄目だ、我慢出来ない。導火線に火がついていた。心が、爆発を起こす!


「おぎゃあああああ!」


 私は、泣いた。

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10months + 10days + 9days 北 流亡 @gauge71almi

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