差出人を探せ

 ふみに書かれていた、繰り返し見る奇妙な夢。そして文から香る冥土の匂い。合わせて考えると、おそらく差出人は何かに呪われていて、そのせいで悪夢を見ており、呪いで死にかかっている状態にある。


 屋敷に戻った立成たちなりは、廊下を歩きながら、情侑じょうゆうの説明を思い返す。

 夢に影響を与えるような呪いは強い。この場合、呪いの根源を取り除くことが最も有効なのだという。

 そのためにも差出人が誰なのか知ることが最善だと、情侑は言った。その上で、文が拾われる頃には、差出人が屋敷を去っていた可能性があるため、それを調べるようにと。また、体調を崩している者が身近にいないかも調べてほしいと。

 そこで、立成は、この屋敷を仕切る老家臣の部屋を訪れた。そもそも、文を持ってきたのがこの家臣だ。


「これは立成様、お帰りになりましたか。あの文のことは何かわかりましたかな」

「その件で聞きたいことがあってな。直隆なおたか、屋敷の者で、病か何かで務めを休んでいる者はいないか」

「特に聞いてはおりませぬ」 

「では、この屋敷に関わる者の中で、調子の悪い者に心当たりはいないか」


 立成の問いに「ふむ」と、直隆は腕を組む。


「そういえば、中田殿のご子息が先月、化け物の戦いに赴いていたようなのですが」


 久ノ国ひさのくには長年化け物と戦っている。3つ目の熊や口のある桜など様々な化け物がおり、化け物は人を襲い、自然をも汚す。国から化け物を守るのも、武士の務めの1つだった。


まさ殿か。確か、生け花を嗜む優しい奴だったな。戦いに行くのは本望ではなかろうに」

「いえ。剣の腕もそれなりだと聞き及びます。実際、無傷で戦いから帰ったと。しかし、その後、雅殿の調子が優れぬようだ、と中田殿が話しておりました。数日前のことでしたか」

「雅殿が、この屋敷に入ろうとしても咎められることはないよな?」

支栄しえい家に古くから仕える中田殿のご子息ですから、顔を知っている者も多い。雅殿なら門番も通すでしょう」

「ありがとう直隆、助かったぞ」

 

 立ち上がろうとする立成を、直隆は呼び止める。


「何か調べているようですが、またもやあの術師に頼る羽目になりましたか」

「ああ。でも仕方ないだろう。この手のことに詳しいのは、この町ではあいつしかいない」

「言っておきますが立成様。あの術師、腕は確かですが、人ではないという噂も聞きます。くれぐれもお気をつけなされよ」


 立成はそれを聞いて笑いそうになった。情侑が人でないことくらい、立成はすでに知っている。直隆の忠告は遅すぎるくらいだ。


「分かっているとも。それでは失礼する」


 立成は直隆の部屋を後にした。そのまま外に出て、門番の元へ向かう。立成は気取るところがないから屋敷の者には好かれている。

 立成が近づくと、門番たちは笑顔で迎えてくれた。


「立成様、どうされました?」

「聞きたいことがあってな。中田家の雅殿が今日、屋敷を訪れていないか」


 すると、門番の1人が小さく声を上げた。


「来ましたよ。昼餉ひるげの時間より前、でしたか」

「用向きは言っていたか?」

「特には。立成様に会いに来たのではないかと思ったのですが、違うのですか?」

「いや。どのくらい屋敷にいたかわかるか」

「正確には分かりかねますが、昼餉が終わる前には帰られたと思います」

「何か、雅殿に変わった様子はなかったか」

「うーん、そう言われると、少し顔色が悪いようにも見えたような」

「そうか。仕事中に悪かった。戻ってくれ」


 仕事に戻る門番たちを見ながら、立成は考える。

 中田雅は先月、戦に行き、その後に調子を崩している。そして、今日の昼餉前に立成の屋敷を訪れ、すぐに去った。そのわずかの間に、庭に文を落としたのだろうか。

 可能性を出ない話ではあるが、中田雅について調べてみる価値はある。

 幸い、中田家の屋敷はここから近い。立成ならば、すぐに屋敷の中に通してくれるだろう。

 問題があるとすれば。


「情侑を通してくれるだろうか……」


 ある事件を起こした結果、立成の屋敷に出入りできなくなった男である。中田家の者がそのことを知っていたら、情侑のことを通してくれないかもしれない。

 ひとまず、己だけでも、中田家に行ってみよう。そう考えて立成は門を出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る