術師の鬼と化け物の呪い

泡沫 希生

名のなき文

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。どうにもこうにも気持ちが悪いので、この紅い夢の原因を探ってほしい。

 あなたの術師としての腕は良いと伺っている。あなたならどうにかできると思い、ふみを書いた次第。どうか、どうか、お願い致す――


 そこで、文を読み上げている声が止まる。


「だとさ。それで、俺に、どうしてほしいのかな」


 男は文から顔を上げた。柄付きの羽織を着る、その男は目を見張るほど美しい。見た目は20歳ほどに見える。

 1つ結びにした深緑の髪も金の瞳も、1度見れば脳裏に焼き付く。それこそ、人ではないのではないかと思うほどの美丈夫だ。

 彼の前には座卓を挟んで、黒髪の男がいる。その男が今度は口を開く。


情侑じょうゆう。それはお前宛の文だろう。依頼を受けてやればよいのではないのか」

「そう言ってもね立成たちなり。この文には差出人の名も宛名も書かれていない。俺宛の文だと断ずるには弱くないかな」


 情侑、と呼ばれた美しい男は、手にした文をひらひらと振って見せる。

 その様子を見て、黒髪の男――立成は眉をひそめる。凛々しい顔つきの立成は、久ノ国ひさのくにでも名のある武家、支栄しえい家の次期当主。今年で19になる。着物の上からでも分かるほど体格が良い。


「この町に、術師はお前しかいない」

「じゃあ、俺宛の文が、なんで君の屋敷の庭に落ちていたのかな」

「それを含めて調べてほしくて、ここに来たんだ」

「なるほど、そうきたか」


 はぁ、と面倒くさそうに情侑は息を吐いた。

 術師を営む情侑の元には、奇妙な依頼が集まる。

 奇妙な技や道具を用いて人助けをするのが術師だから、依頼も変わったものが多いのは必然なのかもしれない。

 だが、情侑の腕は確かだ。それは立成もよく知っている。友人と言える間柄の2人が出会ったきっかけも奇妙な出来事で、それを鮮やかに解決してみせたのが情侑だ。

 彼らの出会いについて今は置いておくにして、現状重要なのは、この謎の文である。

 立成が屋敷で昼餉ひるげを食べていたら、文が庭に落ちていたと家臣が見せてきた。開くと、情侑宛のようだったから、立成は情侑の小屋を訪れたのだ。


「情侑。お前、やる気がある時とない時の差が激しくないか」

「そりゃあ、誰だってあるでしょ。朝からなんにもしたくない日。俺は今日がその日でね」


 不意に、情侑は文に顔を近づけた。それからすぐに離したかと思うと、じっくり文を眺め始める。


「ところで立成。朝は何も落ちてなかったのかな」

「おそらく。朝はいつも掃除をしている者がいるからな」

「ちなみに、君の家の庭は外の人は入れる?」

「門を通らなければ入れない。庭も塀に囲まれているからな」


 答えながら立成は気づく。質問をする度に、まだ笑みを浮かべているものの、情侑の声音に真剣さが増す。


「君は、屋敷の人たちに、この文を落としていないか聞き回った?」

「その可能性は真っ先に考え、聞ける者には聞いた。落としていないと皆が言うものだから、他に方法も浮かばず、ここに来たのだ」

「言えないのか。それとも、君が聞き回った時にはもう、屋敷にいなかったのか」


 気づけば、情侑の顔から笑みが消えている。


「どうした、突然やる気を出したな」

「この文さ、冥土の匂いがするんだよ」

「冥土?」


 開かれていた文が、勝手に動き出したかと思うと、ひとりでに文が畳まれた。その文を掴みながら情侑は低く告げる。


「急がないと、この夢を見ている人は、死ぬ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る