猫の見た夢
藤瀬京祥
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
あの夢を見たのは、これで9回目だった。
でも前の8回と少し違っていたのはこれが最後だから。
もうよく覚えていないけれど、1回目はなんだかあっけなく終わった気がする。
自分が何者であるかも気づかないうちに初めてあの夢を見たのである。
そして毛皮を変えたのだが、この時はその意味すらわからないままこの世界に戻ってきた。
2回目は、たぶん兄弟たちがいたと思う。
やっぱりそれ以上のことはよく覚えていない。
ひょっとしたら初めての時も兄弟がいたのかもしれない。
よく覚えていないけれど、あの夢を見た数日後に毛皮を変えることになった。
3回目は、やっぱり兄弟たちがいたと思う。
思うように体も動かせず、空腹に皆で一緒に泣いていたことを覚えている。
もう一つ、柔らかく温かな物のことも覚えている。
それが母猫というものだと知ったのは4回目にあの夢を見た直後。
毛皮を変えて、改めてこの世界に戻ってきた時には自分が【猫】という生き物だと知った。
人間を知ったのもこの時だったか、あるいは次に戻ってきた時だったか。
5回目か6回目には、自分が猫としてこの世に生まれ、死んで、しばらくして毛皮を変えてこの世界に戻ってくる。
これを繰り返していることに気がついた。
漠然とした意識だったが、猫として同じことを繰り返しているのだと気がついたのである。
この繰り返しをはっきりと意識したのは、8回目にあの夢を見た時。
この世界に帰ってきた時には、やっぱり兄弟たちが一緒にいたと思う。
だが気がつくと独りぼっちで、気がつくと人間がいた。
とても穏やかな人間たちで、いつも食べる物をくれた。
綺麗な水もあった。
自由にどこにもでも行けた以前とは違い、限られた場所だったけれど、温かくて、穏やかだった。
他のなにからも脅かされず、食べる物にも困らない。
ただゆったりとした時間が日々過ぎる中、時折人間が声を掛けてくる。
自分を見る目がとても優しくて、撫でてくれる手が心地よかった。
そうして8回目のあの夢を見た数日後、この世界を離れた。
毛皮を変えてこの世界に戻ってくる時、初めて願った。
あの人間たちの許に帰りたいと……
食べる物を求めて空腹で彷徨うこともなく、何者にも脅かされない。
なによりもまた独りぼっちになるのが嫌だった。
あの温もりを覚えてしまったから、もう独りぼっちには耐えられなかった。
だからあの人間たちの許に帰りたいと強く願ってしまった。
願いは叶えられた
けれど別れた時と少し様子が違っていた。
最初は気づかない振りをしていたけれど、また少しずつ近づいてくる別れの時を前に、それを感じずにはいられなかった。
猫だけでなく、人間もこの世界からいなくなるのだと……。
そして9回目のあの夢を見た。
でも前の8回と少し違っていたのはこれが最後だから。
体が動かなくなりなにも食べられなくなると、前の時と同じように人間たちは最期までそばにいてくれた。
そばにいて声を掛けてくれた。
ずっと優しく撫でてくれ、温もりを感じさせてくれた。
また独りぼっちになった
しかももうあの世界に戻ることはない。
それでもじっと待つことが出来た。
老いた人間たちがもうすぐやってくることを知っていたから、最期まで感じていた温もりを思い出しながら、優しい声を思い出しながら、眠って待つことにした。
次に目を覚すのはあの優しい声に呼びかけられて、あの温かい手に撫でられて……。
ー了ー
猫の見た夢 藤瀬京祥 @syo-getu
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