あまるん

第1話 これは叔父が南米をバイクで渡った時の話

 目がエネルギーを発するのだという。

 叔父が南米のある地域をバイクで走っていた時の話だ。

 夜の暗闇で一本しかないというのにふと道がわからなくなった。あたりをライトで照らしたらたくさんの、赤い光が二つずつ輝いたのが見える。

 道路の両脇は大きな湖で、光るものはワニの目だったのだという。


 エメラルドを掘るために洞窟にいる人々の話では見すぎることは宝石の光を吸い取ってしまう。

 深い青い空をたくさんの鷹や鷲達が滑空し、木立の茂みを花のようなインコ達の群れが覆う。そこから少し離れた粉泥がむせるエメラルド井戸という名の人工の洞窟がある。

 ガリンポと呼ばれる鉱夫がエメラルドを掘るために潜り込んだきりでくらす。彼らは下半身に短パンを履くだけでヘルメットも被らずに潜るものもある。

 普通は六人は一組なのだがたまにその中に目がない男がいる。

 何代かこの暮らしを続けるうちに特に海辺から移住してきた人々は目が無くなるものもいる。

 仕事ができないのかと言われるとそうではなく、引っ張りだこなのだという。

 目が見えないことは闇の中ではマイナスではない。

 誰かが掘ったかもわからない跡を探り、光がなくても迷うことがなく掘ることができる。

 むしろ、エメラルドの味がすると言って掘るたびに良い石を見つけてくるものまでいる。

 それでも叔父曰く彼らと子を作ってはならないと言われるのだと。

 本当は洞窟魚みたいなものだから。

 叔父いわく目がない男達はよく似ていて、彼らは決まった行動しかできない。そしてほぼ眠ることはなく、急に怒り出したりする。最近わかったことだが洞窟魚は精神を病んだ人間と似たような動きをするらしい。

 脳の変異のある部分が似ているのではないかと研究が進んでいるのだそうだ。


 しかも、狭い中に押し込められて心か体をやられたのだろうと間違って薬を与えてしまうと凶暴になり手がつけられなくなる。

 

 ある日、叔父は体調の悪いガリンポに日本から持ってきた風邪薬を与えてしまった。

 おとなしい男だったが暴れ出し叔父を押し退けて突然走り出した。目が見えない男なので何かにぶつかっては大変だと慌ててバイクで追いかけたが全く追いつけない。

 しまいにはそのままワニの湖に飛び込んでしまった。

 男はワニ中を平気で泳いでいた。しかも、体がむくむくと膨らんだように見えた。

 政治的失踪ということがよくある国だと穴の中にいる人々は実は政治犯ということもあってお互い顔を見つめないようにしている。

 だが最後の男は確かに人の顔をしてなかったと叔父は宙を見つめた。

 振り返ると額に一つ、目が開いていた。その目はライトに赤く光っていたのだという。

 私は見間違いではないかと言ったが叔父はただ曖昧に笑っていた。

 それからしばらく叔父は南米には行かなくなった。そして最後は叔父は家に篭りきりになった。

 よくわからない図を書いて、私に見せるのだ。

 洞窟魚の交配図らしい。洞窟魚は目の見える同じ種類の魚と交雑すると目ができるのだという。

 叔父はしきりに額を指した。

「ここに明るさや暗さを感じるための目があったんだ。もしかするとこの目を使えるようになるかもしれない。エメラルドの味がわかるようになるぞ」

叔父は私の知らぬ間に不眠症に悩んでたらしい。目の下が真っ黒に染まっている。

 私の父は弟を心配して病院に行くように勧めていた。

 しかし叔父は家族の反対を押し切ってまたブラジルに戻り現地の女性と結婚した。

 それから叔父は日本に一度も帰ってきていない。

 結婚相手の写真も送ってくれない。産まれたという息子も。

 私も今は結婚して今度は子供が欲しいと思っている。ただ、奇跡的に出会った地球の裏側からきた夫を見て思うのだ。

 もし私たちの子に目がなかったらどうしようかと。

 

 

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あまるん @Amarain

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