第2話 起きたこと、起きること

 サカキの意識が覚醒へと向かう中、彼は夢か現か女性の声が複数会話しているのを聞いていた。高い声で、低い声で、杓子定規な口調で、砕けた口調で。

 再びサカキを寝かしつけようとでもいうのか、その声たちは穏やかにサカキの脳内を廻っていく。言葉を拾おうにも意味を理解しようにも、サカキはまだ閃光がまぶたの裏を走って上手く覚醒できない。

 「……でさ、こいつ殺…能……ある…銃を空……やがって」

 「それは…致の理…に……らないで……よ。面倒……持ち込んで、どうするの?」

 「はいはーい。このボーイ、殺して埋めちゃうのは?」

 殺す?埋める?誰を?……俺をだ!

 物騒な会話の意味をようやく理解し、サカキの意識が脳が発する危機信号によって一気に覚醒へと向かった。スパークする色とりどりの閃光を追い払い、サカキはようやく目を開ける。

 「殺さないでくれ!」

 絶叫と共に飛び起きたサカキは、まだ霞む視界に4人の人影がこちらを驚きで見つめているのを確認した。視界が明瞭になるにつれ、そのうちの一人がさっきまで全裸だった女性だと理解し、ついで己も誘拐されたことを識別する。

 だが同時に遅れてやってきた肌が発する圧感が、己の腕がベッドの欄干で固定されるように拘束されていることを認識する。──これでは威嚇のためにIIWを空創することもできない。歯噛みしたサカキを前に、眼鏡をかけた女が全員を見渡す。

 「だってさ、どうする?」

 「どうもこうもないわ。殺すのはナシ、IIWを作れるからと言って、利用価値があるとは言えない。もう大事になってるけど、ある程度懐に掴ませて返すべきよ」

 「でもよぉ、誰にでも作れるもんじゃねぇんだぞ。こいつなら私ぐらいの乗り手になれるって」

 眼鏡の女が2人の女に確認すると、背の高い女は否定を、背の低い女は肯定を口にした。倒れていた女は何も発さない、ずっと黙ったままだ。

 混乱し続けていた頭をサカキが無理やり切り替え、周囲の状況を確認する。どこかの倉庫だろう今いる場所には窓がなく、時間や周辺の環境を理解することはできない。通話デバイスは外されている──おそらくだが位置情報通知システムもオフにされているはずだ。倉庫の休憩室のような空間には雑多なものが置いてあるが、特筆すべきはガレージのような開口部に並んだ四騎のIIWR──違法空創ロボットたち。

 どれにも武装が施してあるが、かといって画一的な機能を持つわけではなさそうだ。サカキたちを誘拐し飛行型のロボットも、確かにそこにある。

 そして──推定確実にテロリストたちの容姿をサカキは暗記する。

 背の低い女は遺伝子染色ジーン・カラーリングをしているのだろうか、派手なパープルの地毛に毛先が鮮赤色のグラデーションと奇抜な頭髪をしている。ウェーブした髪を短く肩口で纏め、右側に袖髪を大きく垂らすヘアスタイル。体つきは小さく、服の上からでも筋肉質そうな印象を受ける。

 背の高い女はロングレイヤーカットの黒髪で、もしかしたら身長は170を超えているかもしれない。パンツスーツの今の服装では細身に見える格好だが、おそらく素人のサカキ一人を伸すぐらいの筋量はありそうだ。背の低い女が中性的な顔立ちならば、こちらは優しいダウナー系の女性が見え隠れする。

 そして眼鏡の女。身長は女性の平均だろうし体格も普通。髪色は茶髪で、マッシュショートをぼさぼさにしたような髪型。オーバーオール姿で肩ひもを外して気崩している。どこかインテリ系の機械オタクのような雰囲気だが、彼女が一番言ってることが苛烈だ。

 最後に……ついでと言ってはなんだが、一緒に拉致された女性にサカキが視線を向ける。だがそこまできて女性に視線を向け、サカキは思わず息を呑み硬直した。

 拉致された女性はものすごく美しく、なんならそのままリアル系アニメにでも出てきそうな風貌だ。だが問題はそこではない──長い白銀の髪から、彼女の耳が横に突き出している。ひくひくと揺れ動くそれは明らかに人工のそれではない。

 横に長い耳、絶世の美貌、恵まれた肢体、細い体。まさか。

 「え、エルフ?」

 「およ」

 「あら」

 「あーあ」

 サカキの呟きを3人の女たちテロリストが異口同音に責め立てる。あーあバレちまったか、言外にそう言われたような気がして思わず口をつぐんだサカキに、笑顔を見せた低い身長の女が駆け寄ってきた。

 「お前も、あの女はエルフに見えるか?」

 「え、え?」

 「そうだよなぁ?この世界には存在しない生物が目の前にいちゃ驚きもする。だがよ、いまや遺伝的構造変化ジーン・カスタムすら一般的な世界だ。自分の容姿、体つきすら自在に変えられるってのに、お前はどうして彼女を?」

 低い女に問い質されサカキの思考が再び停滞し始める。圧迫面接斯くも極まれり、命を懸けた返答になること間違いなしの問答にサカキの額に玉のような脂汗が浮かび始めた。だが……。

 サカキは再度エルフ耳の女性に視線を向ける。怯えもせず事態の成り行きに興味も持たず。そんな我関せずの彼女をエルフだと思ったのは、それはから。

 「……カルテンニア・フレージア」

 「おっとっと」

 「あらら」

 「あーあーあ」

 サカキが口走った「名前」に、テロリスト女たちが思わず天を仰いだ。あーあ気が付いちまったか、そんなテロリストたちの反応にしかし、サカキだってあり得ないことを口走りたくなかったと後悔し始める。

 だが、拉致された彼女は名前の主、そのものとしか思えないし見えない。3人の反応を見たサカキも、とある推論へと頭が至る。

 あり得ない推論だが、この世界の人間たちは。人々は空を飛び、世界は通信でつながり、そして今や空想でモノを作る。

 ならば……今から言うことも造作ないのかもしれない。


 「彼女、マンガのキャラですよね?カルテンニア・フレージア。『華の国、灯の国、そして風の世界へ』の登場人物で、メインヒロインで、出版社人気キャラランキングで殿堂入りの。えっと、まさか、その」

 「そうだよ、その本人だ。お前がどこまで感づいたか聞かせてくれ」

 「まさか、遺伝的構造変化ジーン・カスタムじゃないならば……空創でできた、命?」

 

 そこまで言ってベッドに腰掛けた背の低い女が満面の笑みを浮かべた。

 「で、どうする?殺すか、仲間にするかの二択に絞られたが」

 「どうもこうもないわ。こんな厄ネタ、監視するしかない」

 「えー、殺す方が簡単っしょ」

 三者三様のテロリストたちの審判を固唾をのんで見守っていたサカキ。脱出したいが腕は完全に動かせない、もはや万事休す、ルビコン川の賽はもうテロリストの女たちが握っている。

 心拍はすでに早鐘、命の危機を感じて尿意すら感じ取る始末。だがどうしようにもどこかの山で数年後に見つかり、お墓に戒名入りで収まる程度の質量しか残りそうにない。暗いイメージがサカキの脳裏をよぎる。

 ──そんな状況を見つめていたエルフ、カルテンニアが急に立ち上がった。急な行動に全員の視線が彼女に集まるが構うことなくサカキに近寄り。

 

 そしてカルテンニアは、熱い口づけをサカキに与えた。

 柔らかい唇の感触と、善き香りが口腔と鼻腔を覆い尽くす。脳は急な展開に追いつけず完全にスパークし、体は変化に耐え切れず硬直したまま動けなくなった。


 「!!!???」

 「──私はこの人を生かしておきたいわ。私のためにも、彼のためにも」

 全員が驚きで固まる中、流ちょうな日本語で異国然とした、否異世界然としたカルテンニアが喋る。さっきまで意思を見せなかったカルテンニアが、断固たる口調で。

 彼女の硬い意思を含んだ声に覚悟が決まったのだろう、テロリストたちが全員で目配せしあい頷き合った。そして身長の低い女が笑いかけてサカキに覆いかぶさる。

 「おい餓鬼。よかったな、カルテンニアの──空創生命体のお気に召したってよ!」

 ベッドに座っていた女がそういいつつ、一瞬で空創した鍵でサカキを拘束していた道具を外した。

 手が自由になったサカキが急いで身を起こしたが、目の前に顕れた銃口にそれ以上の行動を起こせなくなった。 いつのまにか身長の低い女の掌には鍵ではなく、拳銃が握られている。

 「で、お前はどうしたい。生きてあたしたちの仲間になるか、山の栄養になるか」

 「……どっちも嫌だけど。今は生きていたいかな」

 強張った苦笑で率直な返答を返すサカキに、背の低い女が大笑いして空創した銃を下ろした。サカキの正直すぎる返答に、残りの女2人も思わず笑みをこぼす。

 「ようこそ、過激派組織『フロンティア』に」

 歓迎します、そう言って手を差し伸べたのは誰でもなく、熱いコミュニケーションを図ったカルテンニアその人だった。

 「あ、ああ」

 

 こうして、サカキの名前はいつの間にか。

 行方不明者リストから、不穏分子リストへと書き連ねる未来が確定してしまった。

 

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