空創のアルケミア

華や式人

第1話 混乱の誘拐劇

 日下サカキは混乱した頭で首元の通話デバイスに手を掛けた。震える指で何度かボタンをタップし、通話を確認。接続が警察に繋がったことを確認して安堵しつつ足元を見る。

 彼の足元には、布切れ一つ纏っていない女性が倒れていた。怪我は見受けられないし、なんならサカキには健やかな寝息を立てているように感じるが。あまりに不用心な状況と異常な光景に、欲も好奇心も沸かずに混乱しきるサカキの頭。

 「も、もしもし。すみません──通学路に痴女が落ちてるんですけど」

 ようやく通話が繋がり、サカキの混乱した頭が変な言葉を紡ぎ出し状況を説明し始める。だが通話先に選んだ警察からの返事はない。

 代わりに聞こえてきたのは、特徴的なシステム電子音声。

 《Sorry.This callig was cancelled.Please try again later》

 「え……?」

 通話が遮断されてる。しかも後ろに流れているのはノイズではなく、特徴的なビープ音。直後、通話が無理やり切断された。──耳に残ったビープ音をミリタリーマニアに片足を突っ込んでいるサカキは確かに聞いたことがあった。

 「え?え?電磁攻撃!?」

 軍事では基本的な戦略である、敵の電子装置を妨害電波で攻撃し電子的な無力化を図る攻撃。日常で電子レンジ使用時にWi-Fiが使えなくなったりすることがあるが、それに近しいものを今、サカキの通話デバイスが受けているのではないか。

 まさかそんな。サカキが疑い周囲に首を巡らすが、人間が電波を見れるわけではない。不安と焦燥に駆られたサカキの耳に、彼方から飛来する轟音が聞こえてくる。

 サイクリングジェットパルスの特徴的な高音──、まさか。

 慌てて地面に伏せたサカキが、彼の予想通り上空に滞空し始めた轟音の主を確認しようとして上を向く。サカキと横でまだ寝ている女性を照らすように強力なライトが照射された──すぐにライトは逸らされ、轟音の主がアスファルトを抉るように着地する。

 そこには日本国軍にも日本警軍にも登録されていない戦闘用ロボット──イマジナリーIイリーガルIウェポンwが着陸していた。胸部のコックピットが開き、中から小柄な女性が出てくる。──自体を察し慌てたサカキは思わず、思わず己の頭の中でよく「空創」している小型拳銃を思い浮かべた。

 ──その空創を、環空型静止衛星「アルケミア」が物質として顕出させる。

 近くにあるだろう「サンジェルマン」脳波管理センサーがサカキの脳波の変質を検知し、「フラスコ」電源創出タワーが滞空しているアルケミアへと電源用の高出力レーザーを照射。アルケミアが電波を受け取り、必要十分な電力でサカキの広げた手に民間防衛用に許可された低致死性拳銃を作り出す。

 それはまるで、3Dプリンターが宇宙にある状況。どのような状況でも、どのような空間でも、確実に手元に必要なものを届けてくれる。

 技術の核心はついに、人間からモノ作りの機会を奪った。代わりに作り上げたのは、人々の空想を「カタログ」と呼ばれる製品ラインナップと「オプショナリー」と呼ばれる様々なオプションの範囲内で空想を具現化できるシステム

 ──「錬金術アルケミスト計画」。すべての人々に空想する喜びを作り出し、世界の国々を三分割した悪魔の最先端技術。

 だが目の前に飛来したロボットはカタログに載っているわけがなく、オプショナリーなど使用するはずもない。慢性的に起こっている衛星アルケミアのシステムバグ、その隙をついた違法空創の戦闘ロボットだ。

 「おい、物騒なものを突き付けるな」

 ロボットの逆光の中、表情の見えない女から落ち着いた低音の声が聞こえてきた。

 サカキは必死にこの現状を打破しようと脳を働かせ、視線を周囲に走らせる。だが利用できるものは何処にもなく、引き金を引いたところで結果は変わらない。

 低致死性の拳銃なんて、目の前のロボットを操れる存在ならば慣れているだろう。

 そう、この女。サカキの知識から照らし合わせれば、どう考えても国家反逆者──テロリストだ。だとすればサカキは戦闘能力で負け、知識で負け、そして経験でも負けている。

 だが推定テロリストの女はサカキに興味なさそうな態度で近寄り、サカキの横で寝ている女性の肩に手を回して抱き上げた。

 「お、おい!どうするつもりだ!」

 「どうもこうもねぇ、保護だ保護」

 よくわからない理由で抱き上げた全裸の女性に視線をよこし、次いでサカキに視線をよこす女。サカキは彼女の言い分を信じず必死に拳銃を構えて威嚇した。

 「保護って……拉致だろ絶対!動くな、撃つぞ!」

 「あー、これだから何の事情も知らねぇパンピー相手は疲れんだ……。てかおまえ、こっち側に足踏み込んでるだろ」

 「は……?」

 心臓が跳ね上がる。指摘されたのはサカキの行動でないことは、サカキ自身がよくわかっていた。──己の手が握っている低致死性拳銃は、本当の意味での「低致死性拳銃」

 殺人可能な弾丸が撃てるよう改造した、サカキ謹製の違法空創拳銃だ。


 「お前、IIW作ってんじゃねぇか。おもしれぇ餓鬼だな。──、あそうだ。お前こういうのに興味あるだろ」

 

 その瞬間、女がすっと手を向ける。それだけでサカキの目の前で様々な光が一瞬にしてフラッシュし──脳内で光が弾け、気が付いたらサカキは意識を失っていた。

 気を失ったサカキを見て、テロリストの女がほくそ笑む。

 「ちょうど、新人教育の時期だしな。連れてこっと」

 女をコックピットの余白に乗せ、次いでサカキを同じ空間に押し込む。やがてテロリストの女が乗り込み、ロボットは高音を発しながらどこかへと飛び去った。


 警察が近隣の通報をキャッチしたのはそれから30分も遅れた後。

 それ以降、日下サカキは行方不明リストに載ることになった。 

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