幽霊の正体見たり、百合の花

川木

あの夢を見たのは、これで9回目だった。

 あの夢を見たのは、これで9回目だった。これはおかしい、とさすがの私も気が付いた。

 今までも夢の内容が続いていたこともある、似たような夢を見たこともある。だけど、同じ夢を今日で九日連続で見ているのだ。これは異常だ。

 そして、私がこの学校の寮にはいってから眠りについた日数と一致するのだ。間違いない。そう、この部屋には何かがいる。


 あの夢、などとぼかしたけど、ここまではっきりしたのだから名前を言おう。そう、悪夢だ。

 真っ暗闇の中、ちょっとひんやりした蛇のようなものに全身をしめつけられ身動きがとれず、耳元に今すぐにでも食べそうに口を近づけて息を吐きかけてくる。そんないつ殺されたり食べられられるのかわからない恐怖におびえる悪夢。

 寝苦しさにうんうんうなって、はっと起きる予定の時間より10分も早く起きてしまう日々。毎日九時間睡眠を基本にしているので、睡眠不足と言うほどではないけれど、気持ちの悪い寝起きなのもありなんとなく寝たりない気持ちが抜けない。

 それがこの寮にはいってから毎日なのだから、明らかにこの部屋には悪夢を引き起こす何かがいる。


 月曜日の入学式に備えて土曜日から入寮し、一週間がたった今日は日曜日になる。同日に入ったルームメイトとも同じだけの付き合いになる。

 この一週間、まともな授業はうけていないけどなんとなく学校の雰囲気や寮生活に、なによりルームメイトにもなれてきた。さすがにもう、本腰をいれて悪霊退治に乗り出さなければならないだろう。


「あのん、聞いてもいい?」

「え? いいけれど、なにかしら?」


 阿野由香であのん、と呼ぶことにした。あのんは見た目クールビューティっぽくて、中身もそんな感じなので私なりに仲良くなりたくて提案したあだ名だ。

 本人もしれっと受け入れてくれて、私のことを高木真理からたまって呼んでくれている。それなりに仲良くなれたと思う。

 だから、今ならこんな話をしても笑わずに受け入れてくれるだろう。


「あのんって、幽霊って信じる?」

「え? ……そうね、個人的な意見では、いないと思っているわ。だってそんなの非論理的じゃない? 日本はその国土の約七割が山になるのよ? 人が住める平地なんてごくわずかなの。そんな中に人口が詰め込まれているのだから、人が死んでいない住宅なんて存在しないんじゃないかしら。未練を残して亡くなり幽霊となって現世をさまよう方が千人に一人として、二千年の間、まして動物霊も考えたらとんでもない数の幽霊が残っていることになってしまうわ。そんなのは非現実的じゃないかしら」

「あ、そうだね」


 返事がイエスでもノーでも、実はこの部屋に幽霊がいるっぽいんだ。と話を切り出そうと思っていたのに、私はそう相槌を打つしかできなかった。

 いやだって、絶対あのん幽霊怖がってるじゃん。めちゃくちゃ早口で論破しようとするじゃん。本気で幽霊を信じていない人はそんなガチで否定しないでしょ。


 仕方ない。こうなったら悪霊退治は私一人でするしかない。あのんにこの部屋に巣食う幽霊の存在を知られる前に、その正体を突き止めて追い払ってやる! 大丈夫! 私の伯母さんの嫁ぎ先は神社。つまり次代の神主とは血のつながった従兄妹なんだからね!


 私はそう自分に言い聞かせるように気合をいれ、まずは幽霊の姿を確かめるべく、今夜の自分の眠る姿を撮影できるようスマホをセットする。

 幸い寮の部屋は大きめのベッドを二人分確保する為、二段ベッドで私は下の段。手の届く天井部分にスマホをはめ込んでなんとかセットは完了だ。

 待ってろよ悪霊! これで姿をとらえたら明日の昼休みに聞きこんでお前の正体を突き止めてやる!


 そう張り切りながら、私はいつも通り10時半に眠りについた。









「……たま、もう寝た?」


 薄暗くした部屋の中、そーっとルームメイトが眠る下段ベッドのカーテンをめくってたまに声をかける。


「……」


 返事はない。いつもどおりすっかり熟睡しているらしい。時刻は12時前。自分の七時間睡眠を短いとは思ってこなかったけれど、まさか高校生にもなって毎日規則正しく10時半から7半まで寝ている人がいるとは思わなかった。

 私は今からベッドに入っても七時には目が覚めるので、アラームをかけなくてもたまより先に起きることができる。なので私は気負うことなくたまのベッドにもぐりこむ。


 そして小柄なたまをぎゅっと抱きしめる。あったかくてやわらかくて、なごむ~。はぁ。どうなることかと思ったけれど、たまがちょうど抱きしめやすい大きさで、かつこんなに毎日しっかり寝てくれるなんて都合がよすぎる。


 私はこの高校ではクールビューティ、ということにしている高校デビューだ。実際には末っ子で溺愛されて甘やかされてきていて、小中でも甘えん坊の立ち位置でやらせてもらっていた。

 だけど中三になって急に背が伸びたのに合わせて髪を結うのをやめた私に、友達が言ったのだ。めっちゃクールビューティみたいに見えるじゃん! カッコいい! と。

 それで私は決めた。五つ離れた姉の母校で寮生活にもなることは決めていたので、同じ高校に通う人はいなくてちょうどいいので高校からは自立してクールビューティキャラで行くのだ、と


 だけど一つだけ誤算だった。なんと、寮が二人部屋だったのだ。一人部屋もあるから希望できるって話だったのに、パパがせっかくの寮生活なんだから二人部屋がいいよなと勝手に! ひどい!

 そのせいで私はお気に入りの抱き枕を持ち込むことができなかった。抱き枕がなくてもなんとななるだろうとたかをくくっていたけど、一人用のベッドをもらった時から抱き枕を愛用していたからか、一人ではちっとも眠くならなかった。


 初日は引っ越しでつかれたのもあって、たまがベッドに入ってすぐ、11時にはベッドに入ったのに一時間以上眠れるどころか、むしろ寂しくてなんだか怖くなってしまった。

 私は心細さをごまかすためそっとたまのベッドに顔をいれて声をかけたのがきっかけだ。肩をゆらしても全然起きてくれないたまに、私は妙案を思いついてそのベッドにもぐりこんだのだ。

 そうして抱きしめたところ、これがジャストフィット! むしろかなり温かいぽかぽか体温に私の不安は吹き飛んですやぁと眠りにつくことができた。


 それから一週間が経過しても、一度もたまが起きることはない。これからも毎日、安心して私のだきまくらをしてくれることだろう。


「たま、おやすみ」


 私は小声でそう挨拶して、ついでにちゅっと頬にキスまでしてしまった。抱き枕にはそうしていたのでつい。

 毎日抱きしめて可愛い顔に頬ずりしているからか、なんだかたまとの距離感がばぐってきている気がする。でもまあ、クールビューティは起きている時だけ頑張れば十分だよね?


 私はぎゅうぎゅうたまを抱きしめながら、目を閉じる。


 この後、寝姿を撮影していたたまが私の甘えん坊なところを知ってしまったけど言い出せず、私の抱擁のせいでたまが眠れなくなってしまったりして、最終的には恋人になって一緒に寝ることになるのだけど、そんな一週間も先のことを知る由もない私は、今夜もいい夢を見るのだった。

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