第8話 決着

「ぐ、あアッ……!」


 声にならない呻きが漏れる。喉を焼く鉄の味。全身に走る激痛。


――魔蝕病の終着点。モンスター化が始まった。


 公島が前に踏み込む。地面を蹴り上げた勢いのまま、無駄のない動作で足を振り抜いて来る。


「ッ……!」


 身体を捻り回避する。鋭い蹴りが空を切り、ドローンの稼働音が激しくなる。


 動きに追従するドローン。本当に配信がされているのか、僕にはわからない。モンスターになってしまう時点で、人類の敵に変わらないのに、心が反撃を拒否する。何百人、何万人かが、カメラの前で本性が明らかになる僕を見るだろう。


 ああ、もう止められない。


「ガゥアッッ!」


 僕は怪物としての産声を上げ始める。


「まだまだァ!」


 狂気に輝いた目で目線が合う。公島は叫びながらさらに距離を詰め、両手に持っているバールを力任せに振るう。魔素が少なくなっているのに、更に強化された攻撃をする。


 スキルで強化された腕力がさらに破壊力を増していた。僕は左腕で盾のように防御した。だが、無意味だった。バールが骨を砕き、肉を飛ばす。


 鈍い音とともに激痛が脳を焼き尽くす。左腕が宙を舞い、ひしゃげた断面からは血が噴き出す。


「なんて顔してんだ? 生きてんならもっと楽しそうにしてみろ!」


 苦痛に歪んだ僕の顔を見て、歓喜の声を上げる。


 こいつはどうしてそんなに楽しそうなんだ? この世界を好きになれない、そんな自分が大嫌いなのに、どうしてこいつは。


――ダンジョンの深層では、人は怪物になるんですよ。


 幻聴なのか、東雲さんの声が聞こえた気がした。


「あア、そウカ」


 顔も変形し始めた僕は呟く。


 こいつも怪物なんだ。怪物になった自分を受け入れ、楽しそうにこの世界を生きている。その証拠に、こいつの顔はずっと笑顔だった。


 なら、僕も。人として生きられなくても、獣として生きることが出来なくても、楽しそうに生きていいんじゃないか。僕は、大嫌いな自分を受け止める。


 抑圧していた気持ちがあふれ出る。


 僕はこんな世界が好きになりたかったんだ。


 目を閉じる。いつもの瞑想だ。消えかけた流れから、魔素とは違う相反するエネルギーを汲み取る。意識を内へ進ませる。


 ざわめきが消えていく。声も、瓦礫が崩れる音も、ドローンの無機質な騒音も。すべてが遠のいていった。

 

 変身。


 肉がうごめき、骨が軋み、皮膚が引き裂かれながら破壊され再生していく。だが、それは人の腕ではなかった。指先は鉤爪へと変わっていく。筋肉が隆起し、膨れ上がったその腕は、今まで戦ってきた獣と同じになった。


 腕をゆっくりと触り、握り締める。骨がきしむ感触すら心地よい。鉤爪の感触を確かめながら、口元が自然と歪む。


 瞑想で得ていたもう一つの流れが、わずかに僕の内側から湧き出ていた。このおかげで、もうモンスター化が進まなくなったみたいだ。


「チッ……!」


 舌打ちした瞬間、姿が見えなくなるほどの最大加速でバールを振りかぶってくる。


 紙一重で振り下ろされたバールを避け、風が頬をかすめる。その直後、もう一撃が襲いかかる。横薙ぎに振られたバールを、僕は鉤爪の腕で受け止めた。


「うらァッ!」


 僕はバールの軌道をずらして勢いを逃した。すかさず飛び込む。爪先がわずかに肉を裂く。血が飛ぶ。だが足りない。ぎりぎり後ろへと跳び、致命傷を避けたようだ。


 公島は距離を取り、片手で腰についているボウガンを手に取る。同時に、僕は前の戦闘で腕に刺さった矢を乱暴に引き抜く。そして、付与。


「バカがァ!」


 矢が放たれる。


 僕が投げた矢だけが、当たった。加速の付与が施された矢は胸を貫通して、奥に消えていく。


 僕たちの笑顔は絶えなかった。もう止まらない。


「死ねやおらァッッ!」


 彼は叫びながら、再び間合いを詰める。同じように僕も駆ける。


 僕の狙いは違う。視線を下げる。公島の腰には、黒い革袋が括りつけられていた。膨らんだ袋の中から、微かに漏れ出る魔素。


 彼が狩り続け、集めてきた魔石たちだ。僕は鉤爪を袋に突き出した。


「なッ!?」


 振り下ろされたバールを無視し、その脇をすり抜ける。


 そして革袋が切り裂かれ、魔石が地面に散らばった。


「テメェッ……!」


 慌てて振り返る公島。だけど、僕はすでにその中の一つを手にしていた。僕が森での特殊個体を倒した時に得たのと同サイズの魔石。


 小さいサイズではどうしても無理だった、二重の付与。白い閃光と爆音を思い浮かべる。


 二回目の閃光を警戒してか、彼は目を閉じた。だが、関係ない。


 投げた魔石は爆発して、世界を塗りつぶす。光、音、熱が、すべてが一瞬で押し寄せ、意識を飲み込む。


 目をふさいでも、耳をふさいでも。意味がない。


 ダンジョンの崩壊が進み、立てる場所がなくなってきた。映画館にあったスクリーンはもうない。空席の映画館で戦いの上映は終わりを迎える。


「決着をつけよう」


「ッ……!」


 脳裏に浮かぶのは、あの狼の姿。鋭く、強靭で、理不尽な、獣の斬撃。すべてを断つイメージを。異形と化した腕に込める。


「付与」


 鼻血が垂れる。視界が真っ赤に染まっていく。連続した付与で、脳が酷使され茹る。


 世界を断つ斬撃を。


――振るう。


 音すら置き去りにしたかのような沈黙が走った。男の体は二つに分かれ、すべてを断ち切っていった。


 ダンジョンが完全に崩壊し、混沌が支配する。僕は混沌の中に落ちていった。


 切り裂いたその先には、無秩序な混沌が待っていた。物理法則も概念さえ入り混じっている。そう思って、意識が途絶えた。

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