第3話 魔石を換金

 楽しかった。狼を殺して思ったのは、歓喜だった。


 鬱屈とした現実とは反して。


 骨を砕き、命を終わらせる――その瞬間に、脳内が焼けつくような快楽で現実が満たされた。


「強かったな」


 自分が生きていることを、これほど強く実感できる瞬間はない。


「……はは、最低だな。なんでこんなに」


 なぜこんなにも楽しいのか。狼の亡骸を見下ろしながら、呟く。喉を潰し、石で目を潰し、拳で脳を砕いた。胸が高鳴るのを止めることはできない。


 風が吹く。血の匂いが鼻を刺している。


「足、怪我してなかったけ」


 今頃になって片足を怪我したことを思い出した。


 持っていた布で血が出ている部位を止血する。ジワリと布が赤く染まるが、深手ではない。おそらくは。


 ふと、狼の亡骸に視線が向く。


 そこにある死骸は徐々に崩れている。ダンジョンから直接生み出されたモンスターは、倒されると魔素へと変換され、ダンジョンの一部へと戻っていく。


 骨も、皮も、血すらも、残らない。ドロップ品を除いて。


 ふと思う。


「僕がモンスターになって死んだらどうなるんだ?」


 同じように消えるのかな。


 狼の亡骸があった場所には、水晶のようなものが残されていた。


「やった。でかい。五万くらいかな」


 ダンジョンのモンスターは魔石を残して消えていく。魔石は入本政府が買い取っている。大きい魔石は民間の企業が買い取っていて、武器や産業用ロボットの作成など多種多様な用途に使われる。小さい魔石は発電に使われている。


 この魔石のおかげで、今の文明を維持できている。


「換金する前に、まずは休むか」


 いつもどうり、瞑想場所に向かう。また胡坐をかき、集中する。目を閉じ、意識を内へと向ける。


 呼吸を整え、体の中を流れる二つの力を感じる。一つは魔素。馴染みのある、それこそ呼吸のように自然なもの。もう一つは、未だ正体の掴めない流れ。魔素とは違う、異質な何か。


 足の傷に意識を集中する。ジリジリとした痛みがある。血が滲み、切れた皮膚と肉が露出している。


 全身に力がめぐるように流れを動かす。ぞわりとした悪寒にも似た感覚が背筋を駆け上がる。流れの激しさと呼応して、痛みが熱へと変わり、皮膚が焼き付くような感覚が始まる。


「くっ」


 傷が塞がる気配はある。だが、完全には治らない。肉は引き寄せられては離れ、裂かれた皮膚がくっついては離れようとする。


「足りないのか?」


 何が足りないのかはわからない。ただ、直感的に理解する。まだ足りない。何かしらの燃料がいるみたいだ。


 お腹はすいていないが仕方がない。僕はキュウリモドキを取り出す。ダンジョンに入ってすぐに見つけたダンジョンフードだ。


「うーん。やっぱ全然おいしくないな」


 口に入れ、嚙み潰す。おいしくないというか、普通の味だ。ただ、味がないだけ。ぐにゃっとした食感。歯にかみつくような果肉。


 しばらくすると、体の中で何かが変わるのを感じた。傷口に意識を集中する。皮膚がじわじわと熱を帯び、やがて収縮しながら結びついていく。


 一時間後。


 傷口はほぼふさがった。痛みはまだ残っているが、走るには問題ない。


 日が暮れるにはまだ時間がある。換金所で魔石を売りに行こう。


「あ。ひげ剃らないと」


 換金所に行く前に身だしなみを整えなければ。換金所の受付には美人なお姉さん系の人がいるからだ。


 昨日、お風呂入ったし匂いは大丈夫だと思う。街の中は浸食が進んでいるがまだ水源は残っている。付与の力を使えばお風呂も沸せる。


 ダンジョンを出て、付近の住宅に向かう。日用的雑貨はまだ残っている。いろいろ整える。顔を洗い、髭を剃り、眉毛を整え、髪を直す。これで大丈夫だ。


 換金所へ向かう道中、魔獣の敵影はなかった。家を襲撃してきた元同級生たちの気配もない。


 警戒しながら進むと、換金所が見えてきた。

 

 見た目はまるで移動書店のような仮設の施設だ。プレハブのような簡易的な建物の横には、軍の貸し出し品である装甲車が停まっている。頑丈そうな黒い鋼鉄のボディに、銃座付きの重火器が備えられている。


 この換金所では魔石をお金に変えてくれるが、実際は換金所ではない。ここはダンジョン攻略のための簡易的な前哨基地である。前哨基地は、危険区域の境界に設置されている。この場所なら僕もモンスター化しないで利用することができる。


 前哨基地は、民間企業と軍が協力して危険区域に派遣するものの一つだ。渋夜のグランドゼロとは違って、ここは小規模だが、ドロップ品の買い取りや休憩所としての役割を担っている。小規模とはいっても、職員も含めれば数十人ほどいる。


 受付に向かう。そこには、ピンク髪のコスプレ感のある女性がいる。僕よりも身長が十センチほど高い。胸がでかい。名札には東雲とある。


「こんにちは、今日もお願いします。」


「こんにちは、伏見君」


「伏見じゃなくて伏見魔ですって」


 何度も繰り返された会話だ。彼女はわざとやっているのか、それとも単に覚える気がないのか。東雲さんはメガネの位置を直しながら言う。


「怪我をしたのですか?」


「あ」


 身だしなみを整えたのはいいものの、止血に使用した布を外すのを忘れていた。


「ちょっと魔獣と戦うときに怪我をしまして。これ、倒したやつです」


「ふむふむ、なかなか大きいですね」


 魔石を受け取ると、手慣れた動作で計測機にセットする。機械が魔石の純度を測定し、青白い光が表面に浮かび上がる。


「Cランク上位……純度も悪くないですね。五万三千円になります」


「やっぱり五万ぐらいか。良かった」


「最近は魔石の相場が少し上がってきています。この純度なら良い値が付きます」


 端末を操作し、ピポンという電子音が鳴った。本人確認のために提示した市民カードにお金が入る。


「はい、四万二千円、確かに入金しました」


 浸蝕対策が施されている市民カードを受け取る。手数料込みの金額が振り込まれた。


「ありがとうございます」


「どういたしまして。それで、怪我のほうは大丈夫なんですか?」


 僕の怪我した箇所を見つめている。


「大丈夫です。なんとか治りました」


 困惑したような表情だったが、期待するような目つきでこちらを観察している。


「へぇ。それは……」


 何やら言いたそうな感じで、微笑みを浮かべている。


「まあ、いいでしょう。それより、次の予定は?」


「うーん、食料の確保とかですね」


「そうですか。もっと気を付けてくださいね。この地域にいる魔蝕病の方はあなただけなのですから」


 僕だけ? 違和感を覚えつつ、礼を言い、受付から離れる。この換金所には、駅のキヨスクのような小さなコンビニが常設されている。そこで食料や炭酸飲料などの嗜好品を買った。


 またダンジョンに向かう。襲撃があった以上、どこでも危険だし、修行できるダンジョンで寝泊まりしたほうがいい。


 何事もなくダンジョンに入り、いつもの瞑想場所に行く。

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