第20話 「モンスター」討伐ー結末

「キサマ、私を攻撃するだけでなく、命まで奪おうとするなんてバチが当たるぞ」


「ならお前はもっと酷いバチが当たるな」


 アラタの瞳から殺意が消えることはない。良心に訴えかけようとした教祖だったが、作戦を変更する。


「・・・わかった。自首するよ。警察に自首する」


「は?」


 アラタは教祖の予想外の一言に困惑する。


「───そうだよ少年。この国は法治国家だ。人が人を罰するのではない。法が人を罰するのだ。


 だから怒りをおさめて、私を警察へと連行するなり好きにするがいい。


 なんならここに携帯がある。」


 教祖は尻ポケットから携帯を取り出すとアラタの方へと投げた。


「これを使って警察でも呼べばいいさ。・・・な?話はこれで終わりだ少年。」


 アラタが唖然とする中、教祖は饒舌に喋り続ける。


「君はすごい。優秀だ。そう、正義の味方。私という悪党を倒したんだ!


 ・・・この通り、もう無力化した。終わったんだ。


 あとはもう、警察に、大人たちに任せるべきだ。」



 教祖とアラタはお互いに目を離さない。


 だが、アラタは教祖の捲し立てた言葉に何も言葉が出ず、その瞳は揺れていた。


 確かに教祖の言うことは一理あるとアラタは思う。


 このまま教祖の手足でもへし折っておけば、教祖はこの場から逃走することはできないだろう。


 再三のスキルの発動によって、もうMPもそこを尽きているはずだ。短剣も投げてしまってもう手元にはない。


 何もできない。


「ふ、ふざけんじゃねえ。それはお前が言っていい言葉じゃないぞっ」


「落ち着くんだ少年。


 君だって人の命に手をかけたくないだろう。そんなの、正義の味方じゃないしなっ。


 見たところ君は正義感の強そうな少年じゃないか。


 人殺しの罪を背負う必要などない。


 これが最善の結果だ。」


 アラタは教祖に飛びかかろうと足に力をこめるも、教祖の言葉を聞いてしまい、それ以上動けずにいた。


 教祖を殺すために握りしめた拳からは自分の血が伝う。


 ───何をやってるんだ俺は。さっさと殺すべきじゃないのか。なのになんで俺は・・・


 アラタは拳を振り上げるも、再度静止した。


 教祖の思惑通りに躊躇ってしまっているのは分かっていた。だが、教祖が言っていることも確かに間違ってはいなかった。


 もうこの男が極刑を逃れる術はないはずだ。男は法によって捌かれ、殺されるだろう。


 男が殺してきた死体自体は消えてしまっているが、きっと殺害の現場を目撃しているであろうタクシードライバーは証言してくれるはずだし、この破壊された住宅の様子を見れば、死体などなくとも、証拠として十分に成り立つだろう。


 詳しいことはわからないが、流石にこれでこの男が無罪になったり、証拠不十分で軽い罪が科されることなんてないはずだ。


 そんなことあってはいけない。




「お、おばあ・・・ちゃん・・・?」


 アラタが迷っていると、思わぬ方向───先ほどまで戦っていた家の方向から声が聞こえてきた。


 どうやら先ほど老人が食器を洗っていたその家にはまだ住人がいたようだ。


 アラタは教祖から目を離すことはできなかったが、それがまだ、自分よりも幼い子供の声であることは十分に理解することができた。


 その子供は、消えた祖母の代わりに床に突き刺さった短剣を見た後、破壊された家の壁から、アラタと教祖の方を見つめる。


「っ───いっっつもそうだあっ。


 どうしてお前たち大人はいっつもいつも自分たちの都合で周りをぶっ壊していくんだあっ」


 この悲劇を受けて、アラタの中で今まで保ってきていた何かがプッツリと切れた。


「お、落ち着きたまえ少年───」


 アラタは教祖に飛びかかる。


 教祖は、それを見て回避しようとしたが13レベルの速度の前でその行動を開始した段階ですでに攻撃は回避不能の状況にあり、そのまま顔面にアラタの拳を喰らわざるを得ないことを悟る。


 みしりと辺りに耳を塞ぎたくなるような痛々しい音が響くが、拳を打ち込んだ場所は教祖の頭部の中心ではなく頬の部分のようだったようで致命傷には至らず、教祖は拳を喰らってもまだ死に切ることができずに、そのまま吹き飛ばされて道路へと転がっていき、その後よろよろと立ち上がった。


 教祖の顔から、ボタボタと鮮やかな色の血液が地面に落ちていく。


 アラタはこれを見て、教祖が自分と同じ人間であることを思い出すが、なおのこと内側に秘める怒りが収まらなくなった。


 化け物でもないのに平気で惨たらしいことをやってのける奴が生きてていいわけがない。


 教祖は腕を前に突き出し、ジェスチャーでアラタに攻撃をやめるよう助けをこう。


 だが、もうアラタの攻撃が止まることはなかった。


「あぁそうだっ。


 お前の言う通り警察が代わりに裁いてくれるかもしれない。


 今まで俺たちの家庭をっ、母さんをっ、──ろくに助けをこちらから求めても助けてこなかった警察が、


 ようやく大勢の被害者を出してから、俺が、殺人鬼を無力化してからようやく偉そうにやってきて、連行して、長い長い時間をかけてお前をきちんと裁くかもしれないっ。


 けどっそんなのもう信用できるかよぉっ。


 なんでここまで苦しい思いをしてお前たち大人に、大人の裁きを任せなきゃいけないんだあっ」


 アラタは今度は教祖の胸ぐらを掴み、180度回転させてから地面へと叩きつける。


「別に裁きを待つ必要なんてないぞクソやろう。


 俺がここで裁きを下してやる。


 確実になっ」


「ぢ、ぢごくにおひるぞひょうねんっ!!!」


 教祖は砕けた頬をもごもごと動かしながら、アラタの両親に最後まで訴えかける。


「ひみは善人でゃあっ。


 善人のはずでゃっ。


 母親のためにここまでいっひょうへんめいになへる子供はなかなかいはいっ。


 ひみの人生に汚点をのこふほとになりゅぞ!」


「とっくに俺は汚れてらぁつ


 残念だったなっ、俺は少なくとも善人なんかじゃねえっ」


 アラタは、拳を地面へ───床に叩きつけられて胸ぐらを掴まれたままの教祖の顔面へ向かって思い切り殺意を込めて叩きつける。


 馬乗りになっている状態で、もう教祖はほとんど体を動かすことができないはずだが、それでも頭をブンブンと動かして、アラタが振り下ろした拳を紙一重で回避した。


 アラタの拳はそのまま細かく亀裂の入ったアスファルトの道路上へと叩きつけられ、地面には衝撃が響き、アラタが拳を上げると、そこには大きく黒い穴が空いている。


「ころふことだけが裁きじゃないほ少年!!」


 アラタは再び拳を肩の上にあげ、力をこめる。拳は強く握りしめているせいで、相変わらず拳の内側から鮮血が流れ出ていた。


 その拳から流れ落ちた血液は、教祖の顔面の横の地面へ落下し、これからの教祖の結末を予感させるには十分なものであった。


「・・・そうだな。


 お前は裁かれる。


 俺によって、この場で裁かれるんだ。


 別に殺すというわけじゃない。


 裁くだけだ。


 罰は、罪の重さによって変わる・・・だよな?」


「・・・へ? ほ、ほうだ。ほへで、どんな罪に、わたひはあたるんだ?」


「お前の神に聞いてみろよぉっ」


 アラタはそう叫ぶと同時に、油断して頭の動きを止めた教祖の顔面目掛けて拳を叩きつけた。


 あたりには、真っ赤な血液と得体の知れない肉の塊が飛び散るが、アラタが我に帰った時には、すでにそれは消滅を初めており、ちりぢりになって消えていく最中であった。


 地面には、先ほどアラタが拳を叩きつけた時よりも大きな穴が空いており、辺りには新たな亀裂が走っている。


 アラタは、先ほどの幼い子供の方を見た。


 子供は自分の足元にあった短剣が消滅するのを見て、幼いながらも色々と察したようだ。


 そのまま黙って怯えることなくアラタと、散り散りになっていく殺人鬼の様子を眺めていた。


 アラタのステータス画面の経験値バーがピロピロと音を立てて動き、アラタのレベルは14となる。


 すると、その後



 アイテム取得:


 はじまりの短剣たんけん



 とアラタの前に画面が現れ、表示される。どうやら教祖の持っていたアイテム───あの短剣を手に入れたようだ。


 アラタはこれまでに人を殺したことがあったが、人間からドロップアイテムを手に入れるというのはこれが初めてであった。


 なぜ信者を───母親を殺してしまった時は、母親も持っているはずの「はじまり」系のアイテムがドロップしなかったのかとアラタは考えるが、それは死んでしまった時点で武器を手に持っているか、収納しているかの違いなのではないかと、仮定することにした。


 教祖は文字通り短剣をステータス画面からこの世界に顕現させて使用し、そのまま死んでいった。


 文字通り、教祖はアイテムをドロップしながら死んでいったのだ。


 ───まあ、今こんなことを深く考えても意味はないだろう。さっさと母さんの元へ急がなきゃ。


 アラタは立ち上がって、先ほど落とした自分の剣を拾い、収納すると、その場を後にする。短剣の効果については、また余裕ができてから改めて確認することに決めた。


 本当はこの場に残るべきなのだが、今のアラタの優先事項は母親を自宅へと連れ帰ることだ。


 何も言わずともアラタを見ている子供が周りの人間に何があったか話してくれるだろうし、たとえその子供の話が間違っていて、アラタが犯罪者として追われることになってもそれでアラタは良かった。


 言われようのない罪で裁かれようとも、今のアラタは納得できる───そんな気分だった。


 それに今この場で警察なりなんなりを呼んで、到着を待とうとしても、この混乱した世界の様子では、そもそも今日中に警察がここへ来ることができるのかすら分からない。


 どのみち、この場でアラタがじっとしているのは時間の無駄でしかなかった。


 アラタは道路から外れて茂みの中へと戻ろうとする。


 するとちょうどこちらを追いかけて様子を見に来たタクシーの運転手の姿が確認できた。


 アラタは運転手が自分を置いてさっさとどっかへ逃げていってしまっているのではないかと思っていたが、そうではなかったようだ。





「じゃ、全部説明してくださいよ。運転手さん。」


 アラタは、運転手が目を逸らそうとする前にそう述べた。



 ・




 運転手から話を聞いたアラタはふぅとため息をついた。


 どうやらあらかたアラタが予想していたこととあっていたようだ。


 教祖はすでにアラタを誘い込んだのと同じ手口で2人殺したらしい。


 教祖がタクシーに初めに乗り、運転手とステータスバーを見せ合いっこした時もすでにレベルが2はあったことから乗り込む前から何か殺していたようだ。


 アラタは、運転手に自分のスキル含め今まであったことをなんとなく話すと、運転手はアラタに感謝の言葉を述べ、


「お礼と言っちゃなんですが、乗せていきますよ」


 と言って、カルト宗教施設前までタダで乗せてくれることになった。


 教祖を殺したことは内緒にしてくれるらしい。


「ったく、お互いとんでもない目に遭いましたね〜困っちゃいますよ」


 タクシー運転手は先程と打って変わってフランクな調子で饒舌に喋り続ける。


 喋り続けるタクシー運転手をよそに、アラタはある事実に気づいた。

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