第36話 残り1
───このボタンを押したら本当に俺は死ぬんだ。
アラタはそれでも確認ボタンのその先へ進むための方のボタンを押そうとする。
脳裏に流れる記憶の渦がより強烈に、鮮明なものになっていく。
そこにはミナの姿があった。
───ごめんミナ。でも、俺じゃ救えないんだ。
アラタは意を決して瞼などないが目を閉じ、静かにボタンを押そうとする。
が、その瞬間、すべての記憶が流れきり、自分が先ほど絶命する瞬間の光景を思い出す。
ミナは、自分に───アラタにスキルを使って死んだのだ。
───なぜだ。
───なぜミナは俺を助けた。
この場で深く考えることはできない。だがそれでもアラタはなんとか答えを見つけ出そうとした。
ミナだってバカじゃない。スキルを使ってアラタを救ったところで数秒後にはアラタも死ぬことはわかっていたはずだ。
悪あがきだ。
無駄な行為だ。
だが、ミナはそれをした。
お前はどうなんだ。
アラタは情けない自分を殺したい気分で一杯だった。ミナと違って、いつも自分はいじけて逃げてばかりだ。
全ては自分が情けないだけ。人間のゴミであるということに帰結する。
「ゲーム化」で確かに世界は変わった。
自分から変わろうとしない意気地なしのアラタは、それに希望を見出した。
だが結局変われないのだ。
アラタがどんな力を手に入れようが、どんなに世界が変わろうが、アラタという人間の本質は何も変わらない。
そうやって周りに求めている時点で変わることはできない。
変わるには逃げずに立ち向かう必要がある。
そして勝利しなければならない。
勝利し、世界ではなく、自分を変えなくてはならない。
アラタはしばらくボタンに手をかけ続けたままでいた。
走馬灯というのは、本能が過去の記憶を頼りに現在直面している死を回避するためのアイデアを探しているというものだというのを聞いたことがある。
詳しいことはわからない。
が、次から次へと過去の記憶を除くことのできるこの状態を利用しない手はなかった。
しばらく過去を見た後、「攻略の手がかり」を見つけ、アラタはGAME OVERの画面まで戻り、リトライのボタンを押した。
残機の数が2から1へと減る。
アラタの5度目の人生が幕を開けた。
・
アラタは気づくと再び静かに走行していると車内で目を覚ます。
その後、静かに右側のステータス画面を開いた。
スキルについての画面を表示させると、長い説明の文章を下にスクロールしていく。
画面が最後まで行き切るとそこにはリセットについての細かな設定の画面があった。
確認したのは2度目の教祖の討伐に向かうとき以来だ。
アラタはその設定欄からリセットの際に引き継ぐものの欄を押す。
現在は、「記憶」が設定されているが変更欄には、アイテムや年齢、髪の毛の状態などさまざまな───そして、どうでもいいようなものが並んでいた。
アラタはそれらをスクロールしていくと──「レベル」があるのを確認する。
選択できるのは一つだけだ。
アラタは設定を変更し、引き継ぐものを「記憶」ではなく、「レベル」に変更した。
その後、アラタはセーブボタンを押すとドライバーに携帯電話を貸してもらえるよう頼む。
前回とは異なる順番で先に道の駅に電話してみたりしたが、どれも上手くいかない。
アラタは最後にミナに電話すると電話が一向にかからないので、
「兄ちゃんやってみせるよ」
とぼそっと一人呟くと電話を切り、ドライバーに電話を返した。
「もういいんです。運転手さん。別の場所へ行ってもらってもいいですか?」
「へ?別の場所?」
───レベルが引き継げるというのなら今回はミナの救出は諦めてレベルを上げることだけに専念する。
アラタは、拳を固く握りしめこの「ゲーム化」した世界で戦っていくことを決意した。
この世界では、アラタに何か有利なものをもたらしてくれるどころか逆に不利であるということを薄々アラタは感じている。
何せ今のアラタは、スキルがないも同然な状態なのだから。
これから世界の時が進み、人々のレベルが上がっていく中で、スキルというのは他人と差別化を図る意味でも重要な存在となってくるだろう。
難しいダンジョンに挑む際、非常に重要な要素になってくるはずだ。たとえそれがレベルをいくら上げていた状態だとしても。
不利だ。
だが、それでもアラタはこの「ゲーム化」した世界からは逃げないと誓った。
「それじゃ、母さんには今夜の9時くらいには一旦戻るって言っておいてください」
「───は?」
アラタはタクシーの窓を開けるとそこから勢いよく高速道路の外へと飛び出した。
レベル十四の今ならそれでも無事で済む。
アラタは崩れかけた体制を整え、車にぶつからないように急いで道路の端まで移動すると、高速道路の下に広がる、モンスターが溢れる「ゲーム化」した新世界に向けて思い切り、足に力を込めて飛び出すのだった。
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