第22話 母ー3

 不思議な気分だ。


 未知の領域といったが、そもそも本来はそれが普通なはずでいかに自分たちは普段から先の見えない世界で生きているのかを実感させられる。



 ──リセットのスキルがなければ俺はこの時間帯、とうにこの世にいなかったんだよな・・・



 人生とは何なのか、アラタは「ゲーム化」で騒々しくなっている世界をタクシーの中から眺めながら、想いに耽る。


 想像よりも都心から真逆の方面へと向かう車は多い。


 都心行きではなく、都心から離れるための道路でこんな時期に渋滞ができるのはまさに異例のことであった。


 本来ならばタクシードライバーにはバス停まで乗せていってもらい、そこからはバスで自宅に戻る予定だった。


 だが、タクシードライバーの厚意もあり、高速道路に乗ってそのままタクシーで不目根田町へと帰ることになった。


「いいんですか本当に。3時間くらいかかりますよ」


「あぁ。


 それに、都心は随分やばそうだしな。


 単純に良心でお前たちを乗せていってやるつもりでいたが、普通に俺も主権から一旦離れたくなっちまった。


 こんな事態だし、会社も多少の勝手は許してくれるだろうしな!ガハハ」


 アラタは辺りを眺める。


 壁があって遠くの景色はよく見えないが、黒煙が立ち上っていたり、遠くにモンスターらしきものが飛んでいるのが見えたりと、事態は思ったより深刻そうであった。


 タクシードライバーも周りの様子を見て、先ほどまで音楽を流していたが、ラジオに切り替えている。


 まるでゾンビ映画の中に入ったような感覚だった。


 ラジオでは巨大なモンスターが小学校に押し入り、生徒たちを喰ってまわっているという恐ろしいニュースも回っていた。


 常にラジオでは裏方の声が聞こえ、随分と慌ただしい様子が感じ取ることができる。


 母親は黙ったまま、アルバムをペラペラとめくっていた。


 このアルバムにはアラタとミナの幼少期の写真が詰まっている。


「どうなっちゃうんでしょうね」


 アラタがボソリと漠然とした不安をこぼすとタクシードライバーは珍しくアラタの漏らした言葉を拾い上げる。


「ま、気楽に行こうや。こういう時こそ平常心平常心。」


 タクシードライバーのその言葉は自分に言い聞かせるかのようだった。


 すでに高速に入ってから2時間。


 アラタと母親、タクシードライバーの3人はパーキングエリアで休憩することに決めた。


 アラタと母親はタクシードライバーと別れ、20分後に再びタクシーに集合することにした。


「行くよ母さん。」


「ふふ 懐かしいわねえ」


 母親はアルバムを持ったままアラタについてきている。


 アラタは何か母親の心に響くものはないかと半ばヤケクソにアルバムをリュックに突っ込んで持ってきたのだが、思ったより母親に効果はあったようだ。


 アラタは母親のアルバムを一旦預かり、リュックに押し込むと、トイレのため一旦別れた。


 その後再び彼らは合流すると、アラタは持ち金で母親にコロッケを買い、パーキングの隅にあるコンクリートの塀に座って不目根田町のある方角──山々を眺めながら会話を試みた。


「覚えてるかい母さん。ここのパーキングエリア、何回か旅行できたよね。


 ・・・このコロッケ、父さんが旅行に行った時に買ってくれてさ───」


「その話はもうしないで。」


 アラタからコロッケを受け取った母はアラタにそのコロッケを押し返す。一連の母の発言と行動でアラタの口からは言葉が出なくなる。


 もしかしたらと思っていたが、どうやらアラタの崩壊した過程が元へと戻るのは、少なくとも現段階ではありえないことだと改めて理解したのだった。


 アラタは家族のことから話題を逸らし、気持ちを切り替えて今一番いうべきことを言うために再び口を開く。


「・・・俺なりにこれからは頑張るからさ、もう変なことに没頭するのはやめてくれよ母さん。」


「・・・そうね──」


 母親はどこか遠くを向いたまま、何か考え込んでいるようだった。


 カルト宗教に洗脳された人間の扱い方なんてアラタには分からない。


 ただ、ヒステリックさは今のところないようなので、家の中のでの会話よりはうまくいっているのだろう。


 とりあえず、もう母親に関しては大丈夫そうだった。少なくとも、不目根田町へ帰るまでは。それくらいまではもう勝手な行動はしないだろう。


 ──これからは俺もしっかり家族と・・・母親と向き合わないと・・・


 アラタは母親に突き返されたコロッケを口の中に詰め込んでいくと、母親に対してもっと気楽に会話をしようとする。


「・・・ねぇ母さん。そういえば母さんの『職業』は何なの?見せてよ。」


「───しょ、職業?」


 どうやらアラタの母親はゲーム化現象についてほとんど知識がないようだった。


 アラタは母親ともっと会話するためにも、ゲーム化現象について話してゆく。


「・・・何だか大変な世の中になってしまったわねえ」


 母親はポツリとこぼす。


「───うん。大変だと思うよ。でも・・・それでも生きなきゃいけないんだ。ちゃんと自分で考えてね。


 ・・・だからさ母さん。もう変なのに関わらないでくれよ。───これからはさ、もっとこう前を向いて───」


「何?私に説教してるつもりなの?」


 突如母親の声色が変わる。アラタはこれを何度も見てきた。「発作」の兆候だ。


 これが悪化すると、もうめちゃくちゃになるまで母親のヒステリックは止められなくなる。


 アラタは適当に母親に謝って話を有耶無耶にし、何とか母親の機嫌を取り繕う。


 しばらく無言の時間が続き、その後、アラタは売店で適当なサンドウィッチと飲み物を買って何も昼ごはんを食べていない母親に渡すと、タクシーの方へ二人は戻るのだった。


 ───やっぱり、家族が元通りになるとか、そう言うのは今は無理だな。・・・とにかく、ミナが満足できればそれでいい。


 アラタは、己の家庭がもう大して良いものになることはないという現実を改めて悟ると、空を仰ぎ静かにため息をつくのだった。


 気を紛らわすように辺りを眺めると、パーキングエリアには次から次へと様々な車両が入ってくるのが分かった。


 軍のものと思われる車両も見掛けられる。アラタたちとは反対にこれから首都圏へ向かうのだろう。


 引きこもっており、また、それ以前も大した場所へ出かけることがなかったアラタは、こういった車両を見る機会がほとんどなかったためそれは珍しいものに見えて仕方がなかった。


 それらの車両から目線を外し、人間たちの様子を見ると、見かける子供たちの中にはアラタと同じ中学生くらいの者も多くいることがわかった。


 救急車両が来ているようでどこからかサイレンの音もする。


「ゲーム化」によって怪我をした人がいるのだろうか。


 思えばこれから傷を負った場合、下手に治療するより、何か殺してレベルアップしてしまった方が早いなんてことになりそうだ。


 アラタは、混沌さがだんだんと増していくパーキングを見て、早く去った方がいいと本能的に感じていた。


 家族について考えていた頭の中をリセットし、アラタは母親の手を引いて足を早める。


 タクシーに戻るとすでにドライバーは戻っており、唐揚げ棒を頬張っていたところだった。


「おう!戻ったか意外と早かったな。」


「──もう発進できますか?ここも混んできたみたいです。」


「おう。よし、じゃあ出るからシートベルトつけろよ。そっちの母さんもな」


 運転手も色々感じることがあったようで、スムーズに3人はパーキングエリアを出た。


 アラタは再び左手のステータス画面を開きセーブする。


 直後、後ろからものすごい爆音が聞こえ、そのすぐ後に大きめな振動がアラタの元へと伝わってきた。

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